企画は、原作発表後の70年代からキューブリックがずっと暖めてきたもの。当初脚本を執筆していた原作者オールディスは何度も書き直しを求められ、原作とは別のラストにこだわる監督の意向も理解できず降板。一時はなんとアーサー・C・クラークが脚本に関わりますが、彼も第二稿まで却下された時点で降板します。そして79年、ロンドンのエルストリー・スタジオでそれぞれ『シャイニング』と『レイダース』を撮影していたキューブリックとスピルバーグが出会います。交友を重ねた80年代、キューブリックはスピルバーグにこの企画を話し、また何年にも渡って話し合う内、自分は裏方に回って、監督はスピルバーグに任せたいという意志を見せはじめます。 結局、キューブリックは完成を待たずに亡くなりますが、『ジュラシック・パーク』を見て狂喜した彼は「(『A.I.』の製作は)延ばせば延ばすほどいい」と語ったそうで、実際に完成はその8年後となりました。キューブリックの死後、夫人のクリスティーンが改めてスピルバーグに製作を打診。「あなたが撮らないなら、この作品が陽の目を見る事はない」と言われた彼は、この映画を監督する事を決意します。 スピルバーグが脚本家としてクレジットされるのは、『未知との遭遇』『ポルターガイスト』に続いてたった3作目ですが、彼自身は「いつも脚本に深く関わっているので、今回が特別という意識はない」と述べています。執筆の過程においても、付け加えた要素もあるとはいえ、キューブリックが伝えたかったものを純粋に保とうとしたといいます。曰く「『太陽の帝国』はデヴィッド・リーンが撮る筈の映画だったが、実際にはほとんど私自身が手を入れた。『A.I.』がその時と違うのは、キューブリックの意向が大きく入っている事。ほぼ完璧な絵コンテがあったし、彼自身が書いた90ページのシノプシスもあった」。 プロデューサーのボニー・カーティスは、キューブリックとスピルバーグが本作専用のファックスを設置し、アシスタントすら介さずに内密に企画を進めていたと証言しています。同じく製作者のキャスリン・ケネディも、「彼以外の誰にも脚本は書けなかったと思うわ。なぜなら、『A.I.』のエッセンスを知っていた人間は彼一人だけだったから」と語り、いかにスピルバーグがこの映画の準備に深く関わっていたかを示しています。 同じく準備段階から関わってきた人としては、キューブリック作品の製作者ジャン・ハーラン(キューブリック夫人の弟でもあります)もいますが、もう一人のキー・パーソンが、コンセプチュアル・アーティストとしてクレジットされているクリス・ベイカー。ファンゴーンという名前で活躍していた、英国の有名な漫画家/イラストレーターです。彼は、本作の視覚的デザインの数々をキューブリックと進めていて、彼が書いた何千枚もの絵コンテは、スピルバーグ組のプロダクション・デザイナー、リック・カーターによって見事に具現化されています。 撮影のヤヌス・カミンスキーは、本作を日常的な第1部、アクション・アドヴェンチャーの第2部、独創的でエモーショナルな第3部という3つのパートに分け、映像のスタイルに変化を加えています。意外にも彼は、視覚面に関してスピルバーグとはあまり話さず、絵や写真を参考にしたりもしないそうです。とにかく脚本を読み込んでストーリーがあるべき姿を導き、それを撮ればいいとのこと。もっとも、光を拡散した、柔らかくぼんやりした輪郭が好きなのは二人に共通だそうで、スモークはできるだけ多用するそうです。 キューブリック作品では、いつもクラシック音楽が印象的に引用されますが、本作ではルージュ・シティに入る場面で、リヒャルト・シュトラウスの歌劇《ばらの騎士》のワルツが使われています。これはキューブリックの遺志でありながら、その理由やどの場面で使うつもりだったかは誰にも言っていなかったので、結局はジョン・ウィリアムズの判断で隠喩的に使用されました。個人的には、キューブリックなら恐らく曲を加工せず、オリジナルのまま作品のあちこちに使ったのではないかと思うのですが、まあ言っても仕方がない事ですね。 ウィリアムズの音楽は、いかにもキューブリック的な、不協和音が連続するような箇所(キューブリックは現代音楽を使っています)もある一方、ピアノが旋律を奏でる、優しく暖かな音楽にも素晴らしいインスピレーションを展開。SFらしい聴き慣れない音色や浮遊感も感じさせながら、胸に沁み入るような情感も湛える、希有な音楽だと思います。サントラには、名ソプラノ歌手バーバラ・ボニーが参加し、合唱をロスアンジェルス・マスター・コラールが担当するなど、クラシック界の人脈を活用して贅沢なキャスティングを実現。 音響デザインのゲイリー・ライドストロムも再び参加していますが、特に視覚効果はスピルバーグ作品の常連が勢揃い。ILMの視覚効果スーパーヴァイザーであるデニス・ミューレン、スコット・ファーラーや、ロボットの数々をデザインしたスタン・ウィンストン、フレッシュ・フェアの処刑装置やムーン・ゴンドラ、ヘリコプター風の乗り物などを担当したマイケル・ランティエリと、並んだ名前を見ているだけでも壮観です。 |