前作に続き、近未来SFに挑んだ意欲作。未来に起る事が確実に予知できたらどうなるか、というのがテーマで、犯人探しや謎解きの要素もあって、スピルバーグ作品としてはかなり複雑な部類に入ります。ダイアローグとロジックで真相に迫ってゆく展開は、かつてのスピルバーグ作品にあまり見られなかったものですが、物事を分かりやすく見せる手腕は冴え渡っていて、サービス精神旺盛な力強い演出で最後まで飽きさせません。ちなみにスピルバーグは、後に本作をテレビ・シリーズ化しています。 例えば、会話の場面とアクションの場面、シリアスな場面と気楽な場面という風に、シーンの配置もよく考えられているし、映像センスを駆使したストーリー・テリングにおいて、まだまだスピルバーグの才能は抜きん出ている印象があります。逃亡中のアンダートンとアガサが、小さな予言を利用して見事に追っ手をかわしてゆく場面など、思わず快哉を叫びたくなるほどの映画的興奮が満載。原作にある場面なのかどうかは分かりませんが、これはもう脚本の勝利というか、伏線とオチを短いスパンで繰り返す手法は、正に映画の醍醐味ですね。 網膜スキャンで個人認識する社会というのが、ストーリーの重要な前提になっているので、映像的にも眼球のアップが多い上、セリフにも目に関する言葉が大量に盛り込まれて、半分冗談みたいな体裁。目に関するダジャレを連発するソロモン医師のセリフに至ってはほとんど落語みたいですが、他の登場人物も意外に地味な所で、目に関する慣用句や格言を使ったりしています。 公開時には、「暗すぎる」「怖い」というコメントが飛び交い、実際に銃声やプリコグの反応など、観客を飛び上がらせるショッカー演出も随所に挟まれていますが、それと同じくらいユーモラスな場面も多いのは好印象です。格闘の最中にアパートの窓を突き破り、ヨガ教室や一般家庭に侵入して大騒ぎになる所などは、往年の007シリーズにも通じる懐かしいセンス。ジェット噴射の炎でハンバーグが焼けたり、手術で取り替えた眼球を誤って袋から落とし、坂道を転がる自分の眼球を慌てて追いかけるという、ドタバタ・コメディみたいな場面もあります。 見応え抜群なのが、スピルバーグお得意の斬新なアクション・シークエンス。自動車工場での激闘シーンでは、生産ラインに落ちた主人公に組み立てロボットのアームが四方から襲いかかってくるなど、凡百のアクション映画ではなかなか見る事のないユニークなアイデアです。ジェット噴射で宙を飛ぶ警官達とのアクションも、実際にワイヤーで吊って撮影されていて、実に個性的なルックのシーンに仕上がりました。 撮影監督のカミンスキーは、この路地裏でのアクションを、「ワイヤーを後から消しただけで、他は現場そのままの映像だ。実際に人間が空を飛びながら戦ったり、何メートルも引きずられたりしている」と語っています。これは、『プライベート・ライアン』でトム・ハンクスが語った、「上陸シーンをどうやって撮ったのかと訊かれるが、答えはこうだ。“俳優達が上陸艇から海に飛び込み、銃で撃たれた”」という、スピルバーグの現場アナログ主義を見事に言い表した言葉と呼応します。 本作では、2054年の世界を描くに当たり、作家や発明家から国防総省、玩具メーカー、都市計画や環境問題、犯罪防止、医療、社会学の専門家ら、16人のフューチャリストからなるシンク・タンクを結成(『ジェネレーションX』の著者ダグラス・クープランドも入っています)。これにプロダクション・デザイナーのアレックス・マクドウェルや製作陣が加わり、未来の社会について、医薬の進歩から歯の磨き方、交通手段、建築や芸術まで、多岐に渡って様々なアイデアが討議されました。プライバシーが次第に失われるという予測は、ほぼ全員一致だったそうです。 今やスマートフォンや商業施設のフロアマップにまで応用されている、スクリーン映像を指でスクロールする技術は、スピルバーグがよくあるボタン入力を嫌ったため、マサチューセッツ工科大出身のジョン・アンダーコフラーが提案したもの。他にも、網膜IDスキャンで個人を認識して呼びかける街頭広告や、家庭用ホログラム・ディスプレイ、昆虫型のスパイ・ロボット、垂直にも走る浮上式のリニア・モーターカーなど、このシンク・タンクのアイデアは映画にたくさん応用されており、それらのガジェットは実際の企業や研究家にも影響を与えて、続々と実用化されています。 |