ターミナル

Terminal

2004年、アメリカ (129分)

 監督:スティーヴン・スピルバーグ

 製作総指揮:パトリシア・ウィッチャー

       ジェイソン・ホッフス、アンドリュー・ニコル

 製作:ウォルター・F・パークス、ローリー・マクドナルド

    スティーヴン・スピルバーグ

 共同製作:セルジオ・ミミカ=ゲザン

 脚本:サーシャ・ガヴァシ、ジェフ・ネイサンソン

 (原案:アンドリュー・ニコル、サーシャ・ガヴァシ)

 撮影監督 : ヤヌス・カミンスキー , A.S.C.

 プロダクション・デザイナー:アレックス・マクドウェル

 衣装デザイナー:メアリー・ゾフレス

 編集:マイケル・カーン

 音楽:ジョン・ウィリアムズ

 第1助監督:セルジオ・ミミカ=ゲザン

 スピルバーグ助手:クリスティ・マコスコ

 ポスト・プロダクション総指揮:マーティン・コーエン

 特殊効果スーパーヴァイザー:マイケル・ランティエリ

 視覚効果スーパーヴァイザー:ロバート・ストロムバーグ

 出演:トム・ハンクス  キャサリン・ゼタ=ジョーンズ

    スタンリー・トゥッチ  チー・マクブライド 

    ディエゴ・ルナ  バリー・シャバカ・ヘンリー

    クマール・パラーナ  ゾーイ・サルダナ

* ストーリー 

 ニューヨーク、JFK国際空港。東ヨーロッパの小国クラコウジアから、ある約束を果たすためにやって来たヴィクター・ナボルスキーは、入国しようとした矢先に母国でクーデターが発生し、事実上国家が消滅してしまう。これによって彼のパスポートは無効となり、アメリ カへの入国を拒否される。情勢が安定するまでは帰国することもできず、空港内に足止めされてしまった彼は、英語も分からず通貨も持っていない。 やむを得ずターミナルの中で寝起きしながら、事態が改善するのを待つが・・・。

* コメント  *ネタバレ注意!

 トム・ハンクスと三度目のタッグを組んで、空港を舞台に綴ったヒューマン・ドラマ。完全にコメディに振り切ってはいませんが、ユーモラスな描写も多く、笑いと感動に溢れた素敵な作品となりました。監督曰く、「もう長い間、シリアスで暗い作品ばかり撮ってき反動から、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』に続いてもう1作、暖かい微笑みに包まれた映画を作りたかった。あんな出来事(同時多発テロ)の後では、そういう映画が必要だ」。

 ストーリーのほとんどが空港内で展開するため、舞台として、この空港は重要です。モダンで国際的な空港をと指示したスピルバーグは、関西空港や成田空港も参考にしたそうで、プロダクション・デザイナーが作った模型を使い、ひと夏かけて撮影プランを練りました。これは、現場で即興的に撮影した前作『キャッチ・ミー〜』と対照的な手法で、そのせいか本作では、冒頭の入国審査の場面をはじめ、凝ったキャメラ・ワークや映像表現が随所に見られます。

 パタパタと回転する空港の掲示板が映画のタイトルになっていて、そこから前置きなしに本題に入るオープニングは、観客を一気に作品世界へ連れ去る秀逸なもの。主要人物が皆いかにもさりげなく登場する演出も、彼らがたまたまピックアップされただけの、ごく普通の人間達である事を如実に表しています。主人公二人は、お互い「待っている」事で共通するシチュエーション下にあり、その点で、彼らが後に心の底で通じ合う関係となる伏線になっているのも、よく練られた設定です(物語のキーとなるヴィクターの父も40年待った訳ですし)。

 映画的で洒落た描写がそこここに盛り込まれ、敵役フランクと部下の会話ですらウィットに富んでいるのは、映画好きのスピルバーグらしい所。ただ、映像だけが上滑りしてゆく事はなく、あくまで俳優達による緻密なアンサンブルとして構築されているのは、映画作家スピルバーグの成熟といった所でしょうか。ただ、脚本にご都合主義的な部分が多い点、それとは逆に、アメリアとの恋の結末やヴィクターがアメリカへ来た理由など、キーポイントになりそうなエピソードが案外軽く流れてしまう点は、人によって好みを分つ所かもしれません。

 上映時間は2時間強に抑えられ、エンド・クレジットのスタッフ、キャストの名前が各自の手書きサインになっているのも粋な演出。ちなみに、本作のキーとなる“ビッグ・ピクチャー”という写真は実際に存在し、ジャズ・ファンの間では有名なもの。本作では、実際にベニー・ゴルソン自身が出演し、《キラー・ジョー》という自分の曲を演奏しています。

* スタッフ

 製作陣は、前作同様アンブリンが外れ、ドリームワークスのパークスとマクドナルド、スピルバーグ自身と、彼の関係作品でスタッフとして腕を振るってきたパトリシア・ウィッチャーが、エグゼクティヴ・プロデューサーとしてクレジットされています。脚本は、『ガタカ』『トゥルーマン・ショー』のアンドリュー・ニコルと、ロックバンド“ブッシュ”出身で後にジャーナリストとなったサーシャ・ガヴァシによる原案を、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』に続いてジェフ・ネイサンソンがまとめたもの。

 スピルバーグの元に送られてくる数多くの脚本の中、本作も週末に読むべき作品リストに入っていました。ある土日で6本読んだ中でこれは最後の1本だったそうですが、読んだ途端に前の5本を忘れてしまったほど、素晴らしい脚本だったとの事。とにかくアイデアが素晴らしく、製作のパークスと練り直した際も、良い映画だからいじり過ぎないよう注意したといいます。

 撮影監督のヤヌス・カミンスキーは、セットがあまりに大規模なため、ライティングするというよりも、元々セット自体に照明を組み込んで設計しています。色彩的には、前半の冷たいトーンから、後半に向かって徐々に暖色系のカラー・パレットを使う事で、主人公の置かれた状況と心理状態を反映。ちなみに彼自身も東欧ポーランドからの移民で、入国審査の時に再入国できるかどうかいつも恐怖を感じていたそう。本作の物語は、人ごとは思えないと語っています。

 プロダクション・デザイナーは、『マイノリティ・レポート』でもスピルバーグと組んだアレックス・マクドウェル。舞台となる空港は、なんとロス近郊にある格納庫の中に、実際に空港を建設しています。マクドウェルは、こうなるとデザイナーとしての知識や能力だけでなく、建築関係のそれが必要だったと言っており、本物のエスカレーターが映画セットに組み込まれるのも、『ワン・フロム・ザ・ハート』以来初めてとの事。

 空港内の各ショップは実際の店舗に出店を依頼しており、本物の店員が出演するか、エキストラが店員を演じる場合は実際に研修を受けてから参加しています。監督も「映画作家としてものすごく刺激されるセット。1インチ四方に至るまで使い尽くした」と語っています。ちなみに建設中のウィングは、隣の別倉庫にセットを組み、税関と入国審査の場面はモントリオール国際空港でロケ撮影。

 こういう明るい映画だと、ウィリアムズの音楽も生き生きとしてきます。民族音楽風のテーマ曲は、クラリネットとツィンバロンを使って東欧らしいムードを醸成。噴水の場面以降、何度か流れるラヴ・テーマは、モダンな和声を使う事が多いウィリアムズには珍しく、ロマンティックかつ古風なメロディで、聴いているだけで胸に情感が沁み渡るような、素敵な音楽です。

 元々脚本にはスタントの要素などありませんでしたが、皆が床で滑って転ぶというアイデアも、ハンクスが40台のカートを押す場面も、スピルバーグが思いつきで加えたもの。後者は、実際には6台が限界だそうですが、近年のスピルバーグ作品で特殊仕掛けを一手に引き受けているマイケル・ランティエリが呼ばれ、大量のカートを押す事が出来る装置を作り出したとのこと。こういう所は、優秀なアーティスト達をチーム感覚で起用できる、スピルバーグ映画ならではの強みですね。衣装デザイナーのメアリー・ゾフレスも、前作から続投。

* キャスト

 主演のトム・ハンクスは、これがスピルバーグと三度目のコラボ。シリーズ物を除けば、彼のような大スターを何度も繰り返しキャスティングしている例は稀少です(あとはトム・クルーズくらいかも)。主人公が架空の国の出身とあって、言語も自分で作り上げた上での役作り。コメディに傾きすぎず、真実味のあるドラマとして演技を設計してゆく腕前は、『フォレスト・ガンプ』等の風変わりなキャラクターで試行錯誤してきた彼ならではの表現と言えるでしょう。

 製作のパークスは、キャサリン・ゼタ=ジョーンズが参加した事で、役者2人と監督の化学反応が起き、映画のトーンが決定的に変わったと語っています。テレビ版『タイタニック』を観たスピルバーグによって『マスク・オブ・ゾロ』に抜擢されたのが、ハリウッドでのキャリアのスタートだったという彼女。ここで男運のない気さくな女性を演じていて、持ち前のエキゾティックな雰囲気やゴージャス感を抑制しているのが、逆に自然でとても良いです。繊細な演技力も、うまく役柄に発揮されています。

 主人公の敵役フランクは、演技派スタンリー・トゥッチ。フランクはただ職務に忠実なだけというトゥッチの解釈は、ともすれば嫌味になりかねないこのキャラクターにほのかな人間味を与えていて、それが映画の後味の良さに繋がっています(実際、彼は最初、ヴィクターをうまく外に逃がそうとします)。彼の右腕としてユーモラスな存在感を放つ警備員を演じるのは、マイケル・マン監督作の常連、バリー・シャバカ・ヘンリー。

 ヴィクターを取り巻く人々も個性派揃い。『天国の口、終りの楽園』『フリーダ』のディエゴ・ルナ、インド出身のライヴ・パフォーマーで、ウェス・アンダーソン監督と出会って映画に出演したクマール・パラーナ。『マーキュリー・ライジング』『キッド』のチー.マクブライド。そして、入国審査官トーレスを演じるゾーイ・サルダナ。彼女は『パイレーツ・オブ・カリビアン』に出る前でまだ無名でしたが、ビデオを観たスピルバーグの目に留まりました。彼女の表情豊かで人間味溢れる演技は映画に独特の生彩を与えています。彼女はその後、ジェイムズ・キャメロン監督『アバター』の主演に抜擢されました。

 

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