主演のエリック・バナは『ブラックホーク・ダウン』のサブ・キャラクターで強い印象を残した人ですが、スピルバーグは『ハルク』に主演した彼を観て、その目に惹かれたそうです。本作でも、彼のうっすらと悲哀を湛えた独特の目が、ストレスによって焦燥を加えてゆく様を如実に表現しえていて秀逸。優しそうな顔立ちや、どこか自信のなさげな表情には、リーダーとしての資質を疑われる場面での説得力もあり、彼の起用は正解だったと納得できます。 対照的にアグレッシヴな役柄を演じるダニエル・クレイグは、新ジェームズ・ボンドに抜擢されてスターとして活躍しはじめる前の出演。寡黙で迷いのある主人公とは良いコントラストとなる武闘派のキャラを好演しています。同じチーム仲間には、『アメリ』で世界的に名を知られたマシュー・カソヴィッツがいるし、アイルランド出身の演技派キアラン・ハインズも出演。ヴィム・ヴェンダースやコスタ・ガヴラス、ゴダール、イシュトヴァン・サボーと錚々たる名匠の作品暦を誇るハンス・ジシュラーも参加しています。 モサドのエージェントは、『シャイン』のオスカー俳優ジェフリー・ラッシュ。冷徹な役人としての一面と、苛立ちから感情を露わにする人間的側面を、巧みな演技力で演じ分けています。主人公が協力を求める組織のアジトでは、リーダーであるパパを『ジャッカルの日』のミシェル・ロンズデール、その息子の情報屋ルイを『そして僕は恋をする』のセザール賞俳優マチュー・アマルリックが演じ、作品にユニークなテイストと奥深さを与えています。主人公の妻を演じるイスラエル人女優アイェレット・ゾラー、イスラエル首相を演じるリン・コーエンも存在感あり。 又、主人公の知人アンドレアスに『ラン・ローラ・ラン』のモーリッツ・ブライブトロイ、その友人トニーにイスラエル出身でシャルロット・ゲンズブールと結婚してフランス映画で活躍するイヴァン・アタル、パリ郊外のアジトでシルヴィーという役を国際オムニバスなどヨーロッパ全土で活躍するヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、オランダ人の殺し屋を『みなさん、さようなら』のマリー=ジョゼ・クローズが演じていて、映画好きを喜ばせる多彩なキャスティングも見どころ。こうやって見るとカソヴィッツ、アマルリック、イヴァン・アタルと、映画監督でもある俳優を多数起用しているのが面白い所。 殺害されるコーチ、モシェ・ワインバーグを演じているのは、なんと彼の本当の息子グリ・ワインバーグ。出演自体、ものすごい勇気がいっただろうと思うのですが、彼はまた大変な人格者で、「役を通じて父の体験を理解できた。アラブ人俳優達からはたくさん力をもらったし、人生で一番素晴らしい経験だった」と述懐しています。自分も父親を殺されたというアラブ人俳優が「何か出来る事はないか?」と申し出ると、「お互い俳優として出来る事をやろう」と答えたというエピソードは感動的。 |