戦火の馬

War Horse

2011年、アメリカ (147分)

 監督:スティーヴン・スピルバーグ

 製作総指揮:フランク・マーシャル、レヴェル・ゲスト

 製作:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリン・ケネディ

 共同製作:アダム・ソムナー、トレイシー・シーウォード

      クリスティ・マコスコ・クリーガー

 脚本:リー・ホールリチャード・カーティス

 (原作:マイケル・モーパーゴ)

 撮影監督 : ヤヌス・カミンスキー , A.S.C.

 プロダクション・デザイナー:リック・カーター

 衣装デザイナー:ジョアンナ・ジョンストン

 編集:マイケル・カーン

 音楽:ジョン・ウィリアムズ

 第1助監督:アダム・ソムナー

 音響デザイン:ゲイリー・ライドストロム

 特別協力:ピーター・ジャクソン

 出演:ジェレミー・アーヴァイン  ピーター・ミュラン

    エミリー・ワトソン  デヴィッド・シューリス

    ベネディクト・カンバーパッチ  トム・ヒドルストン

    デヴィッド・クロス  レナード・キャロウ

    ニエル・アレストリュプ  セリーヌ・バッケンズ

* ストーリー 

 第一次大戦前夜のイギリス。農村の小さな牧場で一頭の仔馬が誕生する。その仔馬は貧しい農夫テッドによって競り落とされ、少年アルバートの家にやってくる。ジョーイと名付けられた仔馬は、アルバートの愛情を一身に受けて名馬へと成長していくが、戦争が始まるとイギリス軍へ売られてしまう。ニコルズ大尉の馬としてフランスの前線へと送られたジョーイは、ドイツ軍との決戦の時を迎えるが・・・。

* コメント 

 トニー賞5部門受賞の舞台を観たスピルバーグが、「一幕目からラストまで感動の涙が止まらなかった」とすぐさま映画化した作品。彼の映画には、何年も企画を暖めてきたものと、こうやって衝動的に映画化されるものの、両方があるのが面白い所です。ストーリーの内容はいかにもスピルバーグ好み。かつての彼ならもっとセンチメンタルな描き方をしたかもしれませんが、本作は抑制された演出でシックに描写した印象です。シネスコ・サイズの映像も、作品に独特のクラシックなルックを与えています。

 冒頭から、どこかスピルバーグらしくないタッチが感じられるのは、イギリス南西部ダートムアの田園風景に始まる空撮ショットと、笛やアコーディオンを使った民族音楽調のサントラが、典型的な文芸大作を想起させるからかもしれません。それに、ラストで回帰する同じダートムアの農場では、不自然なほど赤い夕焼けの色彩がハリウッド往年の西部劇を思わせ、やはり過去のスピルバーグ映画とは様相が異なるという印象に繋がります。一方、編み物をする手元のアップから、ミニチュアのごとき農地の空撮へ繋ぐイメージ連想編集は、前作『タンタンの冒険』で繰り返された手法です。

 舞台が戦場に移ると、映画は俄然スピルバーグらしさを取り戻します。特に悲痛でショッキングなのは、英国軍の突撃シーンと、ドイツ人兄弟の処刑シーンですが、いずれも凝った映像と、ドラマティックな語り口が冴える、スピルバーグならではの演出です。前者は、乗り手を失った馬だけが森を疾走してゆく映像によって、兵士達が狙撃した事を伝える、卓越した描写力が圧倒的。

 この場面の直前に、突撃してゆくニコルズ大尉が悲壮な表情を浮かべるクローズ・アップがあるのですが、この印象的な画を撮るに当たって、演じるトム・ヒドルストンは監督からこんな指示を受けたそうです。「キャメラが自分の近くに来るのを感じたら、20年前の少年に戻れ。機関銃を見た29歳の青年は、9歳の少年の顔に戻るんだ」。彼は「こんな最高の演出はないよ」と語っています。

 ちなみに、この凄惨な場面には根拠があります。ハイラム・マキシムは世界中で機関銃を売り出し、ドイツとロシアがこれを買ったが、英国は買わなかった。まさかこんな恐ろしい武器が戦争で使われるとは、夢にも思わなかったのです。ただ、物語はあくまで馬の視点で描かれていて、特定の国や陣営を支持したり、正義を問うような箇所がないのが特色。スピルバーグも「どちら側が正義か、本作では関係ない。物語の要は、馬と人間とのつながりだ」と述べています。

 後者のドイツ人兄弟の射殺場面は、かなり離れた距離から撮影され、高い位置から風車越しに出来事を見るという、非常に凝ったショットとなっています。風車の巨大な羽が黒い影となって降りて来て、射殺の瞬間画面をふさぎ、羽が通り過ぎると二人が地面に倒れているといった具合。撮影監督のヤヌス・カミンスキーは、「子供達も犠牲者で、戦争が双方にもたらす無意味さを意識させる構図、ライティングになっている」と語ります。

 塹壕を疾走する馬のショットは、色彩といい、構図といい、キャメラの動線といい、一体どうやって撮影したのかという凄まじいもの。ダイナミックな動感と心理的高揚の相乗効果が見事ですが、これはその後の、英国陣営、ドイツ陣営、それぞれの代表者が協力して有刺鉄線に絡まった馬を助ける場面の、緊張感溢れる静謐さと、実に効果的な対照を成しています。馬の視点が正義の断罪をしないだけで、作品にメッセージ性が無い訳ではないのです。

 前半の農場のパートで、「私への愛が消えても君を責めんよ」という夫に、妻が「憎しみは増えても愛は減らないわ」と答える場面がありますが、これは本作のテーマを象徴しています。憎しみが憎しみを生んで戦争が起ろうとも、同時に愛を減らさない事、増やす事はできるのです。又、馬の視点だけあって、人間達ばかりでなく、気位の高いトップソーンとの、馬同士の交流も感動的に描かれています。トップソーンの最期の場面は、涙なしでは観られません(撮影現場ではスタッフ、キャストも馬の演技に泣かされたそうです)。

* スタッフ

 プロデュースはキャスリン・ケネディのみならず、彼女の夫で、かつてスピルバーグの右腕だったフランク・マーシャルが製作総指揮で参加。マーシャルは『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』で久しぶりにスピルバーグ作品に復帰しましたが、続投が嬉しい所。ケネディは、スチール写真のフォトグラファーも兼任。

 『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』以来、スピルバーグ映画の助監督を担当してきたアダム・ソムナーが、本作では共同製作者にクレジットされていますが、ブルーレイ・ソフトの映像特典には、彼が現場で大活躍している様子が、たくさん収録されています。スピルバーグの補佐を務めてきたクリスティ・マコスコ・クリーガーも、共同製作を担当。

 脚本は、小説の脚色という形で当初、『リトル・ダンサー』のリー・ホールに依頼されますが、物語に厚みを持たせるためにリチャード・カーティスが加わりました。カーティスは『フォー・ウェディング』『ラブ・アクチュアリー』『ノッティングヒルの恋人』『ブリジット・ジョーンズの日記』等で数々の賞に輝いた売れっ子。前者は英国人、後者はニュージーランド出身/英国で活躍するライターという事で、作品の舞台にこだわった人選という感じですが、スピルバーグは時々こういう、コメディ系の脚本家にシリアスな作品を書かせる事がありますね。

 撮影はいつも通りヤヌス・カミンスキーですが、文芸大作風の序盤や西部劇風のエンディングなど、いつもの彼らしからぬタッチも見られるのが面白い所。戦場のシーンはお手の物といった感じでしょうか。原作の舞台デヴォンで、ほぼ野外ロケーション撮影を敢行しており、ケネディによれば、今ではもう珍しい贅沢な撮影方法とのこと。

 プロダクション・デザインも、近年のスピルバーグ作品には欠かせないリック・カーター。第3幕となる中間地帯の戦場は、俳優やスタッフを迫真のリアリズムで圧倒した力作で、何もなかった場所に、一から第一次大戦の戦場を再現しました。ジョアンナ・ジョンストンも、スピルバーグの戦争映画には欠かせない衣装デザイナー。製作のケネディ曰く、「これほど豪華な衣装による第一次大戦映画は初めて」との事。

 編集のカーン、音楽のウィリアムズは常連。前述のように、序盤はイギリス民謡っぽい旋律と楽器法で、どこかハリウッド大作風のベタな雰囲気もありますが、舞台の変遷ごとにシーンの性格を掴む職人芸は健在。ただし、エンディングの西部劇調のトランペットは、個人的にはちょっと違和感を覚えます。音響デザイナーには、久々にゲイリー・ライドストロムを起用。スピルバーグ曰く、「彼は本物にこだわって、人工的に作った音を嫌がるし、推測で音作りをする事もない。ごまかしのない音を求めているんだ」。

* キャスト

 英国、フランス、ドイツが舞台の本作、セリフは全て英語ですが、それぞれの国の俳優を起用する事でリアリティを確保しています。主演のジェレミー・アーヴァインは、本作が映画初出演。ルックス面でも、長丁場の映画で存在感を放つだけの引きはあるし、瑞々しい演技も話題を呼びました。第1幕となる農場の場面では、『ハリー・ポッター』シリーズのデヴィッド・シューリス、ピーター・ミュランに、『奇跡の海』のエミリー・ワトソンと、演技派を揃えて重厚な趣き。

 戦場の場面には、この後にブレイクするベネディクト・カンバーバッチが出ています。ジョーイの新しい乗り手となるニコルズ大尉は、『マイティ・ソー』『ミッドナイト・イン・パリ』のトム・ヒドルストン。孫と暮らすフランスの農夫には、『真夜中のピアニスト』『預言者』でセザール賞に輝くニエル・アレストリュプが起用されています。

* アカデミー賞

◎ノミネート/作品賞、撮影賞、作曲賞、美術賞、音響編集賞、音響調整賞

 

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