リンカーン

Lincoln

2012年、アメリカ (150分)

 監督:スティーヴン・スピルバーグ

 製作総指揮:ダニエル・ルピ、ジェフ・スコール

 製作:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリン・ケネディ

 共同製作:アダム・ソムナー、クリスティ・マコスコ・クリーガー

 脚本:トニー・クシュナー

 (原作:ドリス・カーンズ・グッドウィン)

 撮影監督 : ヤヌス・カミンスキー , A.S.C.

 プロダクション・デザイナー:リック・カーター

 衣装デザイナー:ジョアンナ・ジョンストン

 編集:マイケル・カーン

 音楽:ジョン・ウィリアムズ

 第1助監督:アダム・ソムナー

 音響デザイン:ベン・バート

 リ・レコーディング・ミキサー:ゲイリー・ライドストロム

 出演:ダニエル・デイ=ルイス  サリー・フィールド

    デヴィッド・ストラザーン  ハル・ホルブロック

    トミー・リー・ジョーンズ  ジェームズ・スペイダー

    ジョセフ・ゴードン=レヴィット  リー・ペイス

    ブルース・マックギル  ジャレッド・ハリス

    ガリヴァー・マクグラス  ジョン・ホークス

    ジャッキー・アール・ヘイリー  ジョセフ・クロス

    ピーター・マクロビー  グロリア・ルーベン

    マイケル・スタールバーグ  ティム・ブレイク・ネルソン

    ジェレミー・ストロング  ルーカス・ハース

* ストーリー 

 南北戦争末期。国を二分した戦いは4年目に入り、戦況は北軍に傾きつつあったが、いまだ多くの若者の血が流れ続けていた。再選を果たし、任期2 期目を迎えた大統領エイブラハム・リンカーンは、奴隷制度の撤廃を定めた合衆国憲法修正第13条の成立に向け、本格的な多数派工作に乗り出した。しかし修正案の成立にこだわれば、戦争の終結は先延ばしになってしまう。家庭でも、子供の死で心に傷を抱える妻メアリーとの口論は絶えず、長男ロバートも北軍入隊を志願。そんな中、あらゆる手を尽くして反対派議員の切り崩しに奔走するリンカーンだったが・・・。

* コメント  

 南北戦争を背景としながらも、戦闘場面は冒頭のみ。奴隷解放宣言と較べるとあまり知られていない、憲法第13条修正案の可決に至る攻防に焦点を当て、ストーリーをこの4日間に絞って、すこぶる緊密に構成しています。アメリカ人種差別の歴史を扱った実話物である点と、民主主義による社会改革の成功を描いている点、リンカーン大統領が登場する点において、『アミスタッド』との共通点を持つ作品でもあります。

 物語は、大統領が逡巡しつつも、民主党の賛成票を得て法案を通過させるために立ち回るメイン・ストーリーを軸とし、入隊を希望する息子をめぐっての妻との対立など、私人としてのリンカーンをサイド・ストーリーとして盛り込んだ構成。主人公の家庭がうまく行っていないのはスピルバーグ作品の常ですが、悪妻として知られたリンカーンの妻が、子を失った悲しみを背負う複雑な人物として描かれていて、夫も内心では深い共感を示すなど、裏テーマとして“愛”が底流する点は、注目されます。

 強硬に法案の成立を目指すスティーヴンス議員の、その猛烈な姿勢の根底にも“愛”があった事を示す場面も、正にこの裏テーマを強調。リンカーンが、子供達に示す態度、側近や部下、国民に示す態度もそうです。現実的な一面も持つリアリストでもあったとされるリンカーンですが、本作の解釈では、彼を突き動かす強いモチベーションの源、その原動力はあくまで“愛”という事なのです。

 エンタメ精神を抑制した真面目な会話劇で、監督自身も、あまりにセリフが多くて凝ったキャメラ・ワークなど出来なかった、アクション映画ばかり撮ってきた罰なんだ、と謙遜していますが、だからといって本作がガチガチに硬い映画かというと、そうでもありません。スリリングな緊張感を保ちながら、一気に見せてしまうテンションの高さは健在だし、語り口も相変わらず冴えています。映画的な迫力のある場面は随所にみられるし、政治工作員の活動を描く場面をはじめ、ユーモラスな描写も結構あります。

 スピルバーグは又、セリフの内容を観客にじっくり理解してもらうため、観客の注意を逸らしてしまうような切り返しの多い編集やキャメラ・ワークは避けたかったも語っていますが、難しい長台詞の多い本作ですから、このアプローチは確かに正解。ただ、日本の観客向けとして、監督自身による解説が冒頭に追加されているのは蛇足かもしれません。逆に、ラストに持ってきたリンカーン2期目の就任演説ですが、ここでの彼の言葉と、その後の出来事との対比で観客に疑問を投げかけようとするやり方は、これが再選時の演説である事が説明されないと、伝わりにくいように思います。

 リンカーンのセリフで特徴的なのは、たとえ話やエピソード話が多い事。それも実にドラマティックなタイミングで、突然喋り出す。当然、間合いは俳優の表現でもあり、実際にそのような空気感で喋ったのかどうかは分かりませんが、セリフ自体はどれもリンカーンが語った言葉そのままだそうです。こうやって、物語の力を借りて寓意的に何かを伝える方法は、映画人とも共通するコミュニケーションのあり方で、そこにスピルバーグが共感を寄せる要素があったというべきでしょうか。議会の場面では、議員達が相手を口汚く罵るやり取りが多々あり、現代の議会では問題発言として紛糾するのではと思ってしまいますが、これも当時はよくある事だったそうです。

 それにしても、主演のデイ=ルイスの驚異的な演技をはじめ、俳優陣の芝居がひたすら素晴らしく、これほどのクオリティで構築された会話劇であれば、確かに凝った映像表現など不要と言えます。私は本作を劇場で観る事ができなかったのですが、家庭用テレビの小さな画面で観てもこの2時間30分、彼らの迫真的な演技から一瞬たりとも目を離す事ができませんでした。凄い映画だと思います。

* スタッフ

 製作はキャスリン・ケネディ以下、スピルバーグ映画の助監督、アシスタント上がりで、近作では共同製作を務めるアダム・ソムナー、クリスティ・マコスコ・クリーガーが担当。脚本を、『ミュンヘン』のトニー・クシュナーが執筆して、やはり硬派なタッチの映画となりました。撮影のカミンスキー、プロダクション・デザインのリック・カーターも、ここ数作固定のスタッフ。編集のカーン、音楽のウィリアムズも固定です。

 音楽で注目なのは、なんとシカゴ交響楽団が演奏している事。超絶技巧と圧倒的な大音量で知られる、世界屈指のスーパー・オーケストラです。しかも、メイキング映像を見る限り、一部のメンバーがアルバイトで参加したのではなく、コンサート・マスターのロバート・チェン以下、フル編成で演奏している様子。となると、これがシカゴ響のサントラ・デビューとなるのかもしれません。ウィリアムズは指揮者として時々このオーケストラを振っていたそうで、彼が監督に提案して起用が実現したそうですが、今回は映像を邪魔しない地味な音楽で、少し残念。

 サウンド・デザイナーは、スピルバーグとの付き合いも長いベン・バート。音響部門には他にも、ゲイリー・ライドストロムやリチャード・ハイムズらベテランが参加していて、音に凝る必要があるとも思われない会話劇の本作に、彼らの起用は意外でもあります。驚くのは、タイムリミットを設定した物語らしく、かすかに聴こえる時計の針音に趣向を凝らしていること。懐中時計の音も、オフィスの掛け時計の音も、実際にリンカーンが使用していたものを、博物館の許可を得て録音しています。法案可決時の鐘の音も、当時リンカーンが聴いた筈のものとの事で、このリアリティの追求には頭が下がります。

* キャスト

 タイトル・ロールのダニエル・デイ=ルイスは、スピルバーグ映画初出演にしてオスカー受賞。寡作な人ですから、出演作が公開されるだけでも話題になりますが、誰もが神がかり的と感じたという今回の役作りは圧巻。出演者やスタッフですら、リンカーンその人に接しているような錯覚に陥ったといいます。どちらかといえば掠れ声で、朗々たる声量で人々を圧倒するような芝居はありませんが、思わず耳を傾けてしまう説得力というか、強い迫真力を感じます。

 その妻メアリーを演じるのは、『プレイス・イン・ザ.ハート』の名女優サリー・フィールド。複雑な内面を抱える性格表現で、オスカーにノミネートされました。スピルバーグ映画は初ですが、関係作ではTVシリーズ『ER/緊急救命室』に出ていて、こちらでもエミー賞を受賞しています。長男役は、青春スターとして人気を博していたジョセフ・ゴードン=レヴィット。ヒゲが少々変装チックでルックス的には浮いた感じにも見えますが、こちらも葛藤を抱えた若者の内面に、共感力の高い芝居でアプローチしています。

 役者のアンサンブルで見せる映画だけあって、脇も豪華。スティーヴンス議員は、スピルバーグ製作『メン・イン・ブラック』シリーズで人気を集めたトミー・リー・ジョーンズ。ここでも苦虫を噛み潰したような表情の役柄ですが、ひと筋縄ではいかない複雑なキャラクターを見事に造形。又、ジョン・セイルズ作品の常連デヴィッド・ストラザーンが、国務長官の役で外見的にも演技面でも強い存在感を放つ他、名バイプレイヤーのハル・ホルブルックが、共和党の重鎮ブレアを演じていて貫禄たっぷり。

『ぼくの美しい人だから』『セックスと嘘とビデオテープ』のジェームズ・スペイダーは、ロビイストのビルボを演じていますが、かつての青春映画スターの面影は全くありません。『マイノリティ・レポート』でギデオンを演じたティム・ブレイク・ネルソンは、政治工作員の一人シェルに配役。又、『世にも不思議なアメージングストーリー』のスピルバーグ篇『ゴースト・トレイン』に子役で主演したルーカス・ハースが、白人兵士1でチョイ役出演。

 他にも、『メン・イン・ブラック3』に出ていたマイケル・スタールバーグ、『がんばれ!ベアーズ』でブレイクしたジャッキー・アール・ヘイリー、そのヘイリーと共に『ダーク・シャドウ』に出ていた個性派少年ガリヴァー・マクグラス、『シンデレラマン』『エリザベスタウン』の曲者ブルース・マックギルと、M・ナイト・シャマランの『翼のない天使』で主演した元・子役で『父親たちの星条旗』『ミルク』にも出ているジョセフ・クロスなど、ユニークなキャスティングが魅力。

* アカデミー賞

◎受賞/主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス)、美術賞

◎ノミネート/作品賞、監督賞、助演男優賞(トミー・リー・ジョーンズ)、助演女優賞(サリー・フィールド)

       脚色賞、撮影賞、作曲賞、編集賞、衣裳デザイン賞、音響賞

 

Home  Back