南北戦争を背景としながらも、戦闘場面は冒頭のみ。奴隷解放宣言と較べるとあまり知られていない、憲法第13条修正案の可決に至る攻防に焦点を当て、ストーリーをこの4日間に絞って、すこぶる緊密に構成しています。アメリカ人種差別の歴史を扱った実話物である点と、民主主義による社会改革の成功を描いている点、リンカーン大統領が登場する点において、『アミスタッド』との共通点を持つ作品でもあります。 物語は、大統領が逡巡しつつも、民主党の賛成票を得て法案を通過させるために立ち回るメイン・ストーリーを軸とし、入隊を希望する息子をめぐっての妻との対立など、私人としてのリンカーンをサイド・ストーリーとして盛り込んだ構成。主人公の家庭がうまく行っていないのはスピルバーグ作品の常ですが、悪妻として知られたリンカーンの妻が、子を失った悲しみを背負う複雑な人物として描かれていて、夫も内心では深い共感を示すなど、裏テーマとして“愛”が底流する点は、注目されます。 強硬に法案の成立を目指すスティーヴンス議員の、その猛烈な姿勢の根底にも“愛”があった事を示す場面も、正にこの裏テーマを強調。リンカーンが、子供達に示す態度、側近や部下、国民に示す態度もそうです。現実的な一面も持つリアリストでもあったとされるリンカーンですが、本作の解釈では、彼を突き動かす強いモチベーションの源、その原動力はあくまで“愛”という事なのです。 エンタメ精神を抑制した真面目な会話劇で、監督自身も、あまりにセリフが多くて凝ったキャメラ・ワークなど出来なかった、アクション映画ばかり撮ってきた罰なんだ、と謙遜していますが、だからといって本作がガチガチに硬い映画かというと、そうでもありません。スリリングな緊張感を保ちながら、一気に見せてしまうテンションの高さは健在だし、語り口も相変わらず冴えています。映画的な迫力のある場面は随所にみられるし、政治工作員の活動を描く場面をはじめ、ユーモラスな描写も結構あります。 スピルバーグは又、セリフの内容を観客にじっくり理解してもらうため、観客の注意を逸らしてしまうような切り返しの多い編集やキャメラ・ワークは避けたかったも語っていますが、難しい長台詞の多い本作ですから、このアプローチは確かに正解。ただ、日本の観客向けとして、監督自身による解説が冒頭に追加されているのは蛇足かもしれません。逆に、ラストに持ってきたリンカーン2期目の就任演説ですが、ここでの彼の言葉と、その後の出来事との対比で観客に疑問を投げかけようとするやり方は、これが再選時の演説である事が説明されないと、伝わりにくいように思います。 リンカーンのセリフで特徴的なのは、たとえ話やエピソード話が多い事。それも実にドラマティックなタイミングで、突然喋り出す。当然、間合いは俳優の表現でもあり、実際にそのような空気感で喋ったのかどうかは分かりませんが、セリフ自体はどれもリンカーンが語った言葉そのままだそうです。こうやって、物語の力を借りて寓意的に何かを伝える方法は、映画人とも共通するコミュニケーションのあり方で、そこにスピルバーグが共感を寄せる要素があったというべきでしょうか。議会の場面では、議員達が相手を口汚く罵るやり取りが多々あり、現代の議会では問題発言として紛糾するのではと思ってしまいますが、これも当時はよくある事だったそうです。 それにしても、主演のデイ=ルイスの驚異的な演技をはじめ、俳優陣の芝居がひたすら素晴らしく、これほどのクオリティで構築された会話劇であれば、確かに凝った映像表現など不要と言えます。私は本作を劇場で観る事ができなかったのですが、家庭用テレビの小さな画面で観てもこの2時間30分、彼らの迫真的な演技から一瞬たりとも目を離す事ができませんでした。凄い映画だと思います。 |