ブリッジ・オブ・スパイ

Bridge Of Spies

2015年、アメリカ (142分)

 監督:スティーヴン・スピルバーグ

 製作総指揮:アダム・ソムナー、ダニエル・ルピ

       ジェフ・スコール、ジョナサン・キング

 製作:スティーヴン・スピルバーグ、マーク・プラット

    クリスティ・マコスコ・クリーガー

 共同製作:クリストフ・フィッサー、ヘニング・モルフェンター

      チャーリー・ウォーブケン

 脚本:マット・チャーマン

    イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン

 撮影監督 : ヤヌス・カミンスキー , A.S.C.

 プロダクション・デザイナー:アダム・ストックハウゼン

 衣装デザイナー:カシア・ワリッカ・マイモン

 編集:マイケル・カーン

 音楽:トーマス・ニューマン

 第1助監督:アダム・ソムナー

 音響デザイン:ゲイリー・ライドストロム

 出演:トム・ハンクス  マーク・ライランス

    スコット・シェパード  エイミー・ライアン

    セバスチャン・コッホ  アラン・アルダ

    オースティン・ストウェル  ミハイル・ゴアヴォイ

    ウィル・ロジャース  ピーター・マクロビー

* ストーリー 

 米ソ冷戦下の1957年、ニューヨークでルドルフ・アベルという男がスパイ容疑で逮捕される。国選弁護人として彼の弁護を引き受けたのは、保険を専門に扱う弁護士ジェームズ・ドノヴァン。ソ連のスパイを弁護したことでアメリカ国民の非難を一身に浴びながらも、彼は弁護士としての職責をまっとうし、ドノヴァンの死刑回避に成功する。

 5年後、アメリカの偵察機がソ連領空で撃墜され、パイロットのパワーズがスパイとして拘束される。アメリカ政府は、アベルとパワーズの交換を計画。その交渉役として白羽の矢を立てたのは、軍人でも政治家でもない一民間人のドノヴァンだった。交渉場所は、まさに壁が築かれようとしていた東ベルリン。身の安全が保証されない極秘任務だと知りつつ、ドノヴァンは危険な交渉へと臨む。

* コメント  

 米ソ冷戦時代のスパイ交換を描く、史実に基づいた政治的ドラマ。スピルバーグは、とりわけこの分野への執着が強いようですが、作品は実に求心力が強く、俳優陣の好演も手伝って、すこぶる緊密に構成されたドラマとなっています。強いて言えば、ドノヴァンがなぜ敵国スパイの弁護にここまで執心するのか、さらに掘り下げて描かれれば共感の度合いが増したかもしれませんが、すでに盛りだくさんの2時間半ですし、何もかも描き込むのは無理というものでしょう。

 ニューヨークでのアベル逮捕を、緊迫感溢れるオープニングとして配置し、彼の弁護を依頼されるドノヴァンのドラマ、裁判の過程と彼や家族に対する批判や迫害、アベルとの出会いと交感が、ソ連で捕虜となるパワーズのドラマと交互に描かれるのが前半部分。コーエン兄弟がトム・ハンクスの持ち味を生かしてキャラクター造形した脚本は、重厚な演技合戦や、ユーモアと人間味が溢れるダイアローグを盛り込んで秀逸な仕上がりです。

 後半は東ドイツに移り、アメリカ人留学生プライヤーの逮捕と、政情不安定な外国でスパイ交換作戦に奔走するドノヴァンのドラマを展開。全く惚れ惚れするほど手際良いドラマ構成で、そこに過去のスピルバーグ作品を彷彿させる要素、例えばリアリティ溢れる情景描写、エンタメ精神溢れる数段階の交渉場面、スリリングなサスペンスを緩急巧みに散りばめて、感動的な大団円を迎えます(ドノヴァンの妻の表情に全てを集約させたエンディングは、暖かな情感が満ち溢れて素晴らしい!)。

 ドラマやアクションの演出が一級のクオリティなのは、改めて言うまでもない事ですが、個人的に感じ入ったのは、後半部、東西ドイツの描写の凄さ。特に、映画で初めて目にするのではというような、ベルリンの壁建設と町の混乱の映像は、圧倒的な迫真力で観る者に迫ります。自転車に乗ったプライヤーの姿を建設中の壁沿いに追う長回し撮影などは、大勢のエキストラを使った周辺状況の再現と共に、正に圧巻という他ありません。壁を越えようとした人々が射殺される様を、ドノヴァンが電車の車窓から目撃するという、これが映画だという事を忘れさせるほど凄味を帯びた場面もあります。

 ラストで、ニューヨークの地下鉄に乗っているドノヴァンが、フェンスを乗り越える少年達の姿を見る場面は、ベルリンの壁の凄惨な射殺シーンと見事に対比されている訳ですが、これはハンクスのアイデアを現場で即時採用したもので、スピルバーグも「トムのおかげで良いエンディングが出来た」と語っています。しかし、実は映画全体もコントラストをテーマにしたような作りで、アベルとパワーズが捕虜になる過程やその待遇をめぐっては、米国とソ連の状況がが意図的に対比されていますし、それによって、アベルの救済がパワーズのそれと相対的に同義なのだという事を、目に見える形で明瞭に示しています。

 対比の構図は後半部にも適用されていて、壁によって物理的にも象徴的にも分断されてしまったベルリンの東側、西側の相違を、映画はドノヴァンの行動を追いながらそれとなく背景に示してみせる趣向。壁は低く、映像的にも両方を見せられるロケーションで、そこで対比された文化は、クライマックスのスパイ交換の場面でシンメトリックに交差します(ここもまた、双方を同時に見せる場面です)。

 対比の語り口は、両者の相違を際立たせる効果も当然ありますが(そして、やはり共産主義の側をより非道にも、不条理にも描いてはいますが)、同時に共通点を描く事にもなっている所に、スピルバーグ映画らしいヒューマニズムが立脚するポイントがあるようにも思います。東側でいかにも官僚主義的に待たされている間、まだ若い係員を一人捕まえてフランクに話しかけ、心を通わせようとするドノヴァンの姿は、正にその象徴といった所でしょうか。

 ちなみにスピルバーグは、ベルリンには映画の宣伝でしか来た事がなく、撮影は初めてだったとの事。スパイ交換場面は実際のグリーニッケ橋で撮影されていますが、ここではメルケル首相の訪問を受け、首相と一緒にスタッフ、キャストが記念写真を撮っている姿もメイキング映像に収録されています。

* スタッフ

 プロデューサーには、ダニエル・ルピ、ジェフ・スコール、ジョナサン・キングと『リンカーン』の製作陣が再び顔を揃えている他、スピルバーグの助手・助監督上がりのアダム・ソムナー、クリスティ・マコスコ・クリーガーも参加。脚本をコーエン兄弟が担当している事でも話題を呼んだ作品ですが、これは新進脚本家マット・チャーマンのオリジナルに、キャラクター造形など彼らが脚色を施したものです。コーエン色がさほど強くないのは、そのせいかもしれませんね。

 撮影のカミンスキーと衣装デザイナーのマイモンはポーランド出身で、壁の建設当時の記憶もあって、この撮影には複雑な心境で臨んだといいます。マイモンは、「ここに戻って来て今、トム・ハンクスを撮影しているなんて、不思議な気分。今でもシェパードを連れたドイツ兵の俳優の姿を見ると、平静を保てなくなるの。込み上げる感情を抱えながら、300名分の衣装を世話したわ」。カミンスキーも、欧州が舞台だと持ち味の色彩センスを発揮しやすいのか、久しぶりに繊細な映像美を披露している印象。

 ウェス・アンダーソン作品で手腕を発揮してきた(『グランド・ブダペスト・ホテル』ではオスカー受賞)アダム・シュトックハウゼンによるプロダクション・デザインは、全く見事のひと事。特に、東ドイツの描写には目を見張るような迫力があります。ベルリンの壁が敷設されたのは、ポーランドのヴラチスラフという町。経済的な理由などから戦後の状態で放置されていたような一画があって、ストックハウゼンも「現代にこんな通りが存在するとは驚き」だったと語っています。

 編集はいつものようにマイケル・カーンですが、音楽はジョン・ウィリアムズが体調不良のため不参加。『アメリカン・ビューティー』や『ファインディング・ニモ』などオスカー受賞の常連で、ニューマン音楽一家の一人、トーマス・ニューマンが作曲を担当しています。元々、派手なオーケストレーションを展開しない手堅い作風の人なのでさほど違和感はありませんが、せっかくのスピルバーグ作品ですし、耳に残るような印象的なメロディを作って欲しかった気もします。

* キャスト

 主演のトム・ハンクスは、スピルバーグ監督作への出演がこれで4作目。スター俳優を起用しない傾向にあるスピルバーグとしては珍しく続いているコラボレーションですが、それも、特定の色に染まりきらないハンクスの「普通っぽい」資質ゆえでしょうか。その意味では、あくまで表には出ない民間人だったドノヴァンのイメージと、重なり合う気もします。しかし、東ドイツに入って強引なネゴシエーションをぐんぐん展開してゆく、彼の抜け目ない立ち回り方には、かつて若い頃にコメディ系映画で発揮してきたハンクスらしいセンスが生きているようにも思います。

 本作で注目された英国の舞台俳優マーク・ライランスは、冷静沈着ながら一本芯の通ったロシア側スパイを見事に好演。スピルバーグの次作『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』にも、主演で抜擢されました。ハンクス以外はスター起用を避けている本作ですが、ウディ・アレン監督諸作でお馴染みのアラン・アルダがドノヴァンの上司を(ちゃんと真面目に)演じているのも見どころ。

 脇役では、『ゴーン・ベイビー・ゴーン』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』などで近年注目が高まるエイミー・ライアンがドノヴァンの妻、オスカー受賞のドイツ映画『善き人のためのソナタ』に出ていたセバスティアン・コッホが東ドイツの交渉相手ヴォーゲル、若手のオースティン・ストウェル、ウィル・ロジャースがそれぞれパワーズ、プライヤーの役で出演。『リンカーン』に続く出演のピーター・マクロビーは、ウディ・アレン作品の常連でもある他、M・ナイト・シャマラン監督『ヴィジット』で謎めいた祖父を演じていた人です。

* アカデミー賞

◎受賞/助演男優賞(マーク・ライランス)

◎ノミネート/作品賞、脚本賞、作曲賞、美術賞、音響(調整)賞

 

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