実話を元にした社会派ドラマ。政治に関わる話で『リンカーン』を想起しがちですが、本作で描かれるのは政治家ではなくマスコミ。報道の自由と真実というテーマは決して目新しいものではなく、フィクションでもロン・ハワードの『ザ・ペーパー』が本作と似たストーリー構成でしたが、何といってもこれは史実だし、アメリカの政治史、メディア史にとっても重要な事件なのです。 スピルバーグは歴史上の大きな転換点をよく題材に取り上げますが、本作で描かれる2週間も、30年間にわたってアメリカ政府が国民を欺いてきた事実が暴露された上、新聞社と政府の関係が決定的に変化するきっかけとなった出来事。そして同時に、地方紙だったワシントン・ポスト紙が唯一の全国紙ニューズウィークと肩を並べる有力紙へ躍進するきっかけにもなりました。映画はラストでウォーターゲート事件に言及して終りますが、この出来事は又、ウォーターゲートへも繋がってゆくのです(ポストの記者が関わった事件でもあります)。 会話中心でスタティックだった『リンカーン』とは対照的に、本作は動的でスピーディな映画になっているのが目立った特徴。冒頭のベトナムのシーンこそ過去の戦争物と較べるとソフトですが、ドラマ部分は新聞社の場面を筆頭に、移動ショットやロー・アングルなどダイナミックなキャメラワークを多用し、終始スリリングでテンションの高い語り口で展開してゆきます。 ドラマとしては、歴史の転換点を描きながら、個人の信念と勇気、人生をかけた決断を描いていて、タイムリミットのスリルもあれば、快哉を叫びたくなる痛快さもある。さらに、女性の自立をテーマにした女性映画でもあって、そうであればこそスピルバーグがこの脚本に興味を持ったのも当然でしょう。 主演のメリル・ストリープは、スピルバーグがこれほど自由に、その場のひらめきで映画を作る事に驚いたと言い、監督本人も今回は特殊効果を使ったシーンが少ないので、臨機応変に撮影を進められたと語っています。クライマックスの法廷シーンで撮影終了できたのは感動的だったと皆が語っていますが、帰ってゆくキャサリンを群衆の女性達が暖かい眼差しで眺めるショットも、現場でスピルバーグが付け加えた、脚本にはないシーンとの事。 映画が故ノーラ・エフロン監督に捧げられている事からも明らかなように、本作には女性賛歌のムードも強く出ています。ストーリーの上でも様々な女性がクローズ・アップされていますが、製作のクリーガーは、「自分が関わった作品で、スタッフの半数以上が女性だった現場は本作が初めて」と語っています。 生前のキャサリンはいつも自信のなさげな人だったそうですが、当時の男性社会で、義父の新聞社を継いで自らが社主になる決断をしている時点で、既に相当な信念のある人だったのではないでしょうか。ベンとは家族以上の強い絆で結ばれていたといいますが、彼を雇い入れる際には、珍しく自信と決断力を見せたと家族が証言しています。ベンの方もキャサリンを認めていて、女性社主だからと蔑む事は無かったと伝えられています。 重厚なドラマのみならず、華やかなエンタメ映画であっても、ゼロ年代以降のスピルバーグにはどこか暗い影が落ちていて、重苦しさを払拭できないイメージがあったのですが、本作は久しぶりに生き生きとした明快な映画となっています。真面目な内容ではありますが、スカっと爽快に楽しめるエンタメ作品としても成立していると思います。 唯一難を言えば、やや説明的なダイアローグが目立つ事。登場人物が皆知っている情報をセリフで繰り返す場面がちょこちょことあり、分かり易くはあっても、ドラマとしては不自然で俗っぽく見えます。かなりの短期間で製作したため、そこまで精査する時間がなかったのでしょうか。演技やセット美術等は準備期間の不足を感じさせないクオリティなので、このセリフ回しだけは残念。 |