ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書

The Post

2017年、アメリカ (116分)

 監督:スティーヴン・スピルバーグ

 製作総指揮:ティム・ホワイト、トレヴァー・ホワイト

       アダム・ソムナー、トム・カーノウスキ、ジョシュ・シンガー

 製作:スティーヴン・スピルバーグ

    クリスティ・マコスコ・クリーガー、エイミー・パスカル

 共同製作:レイチェル・オコナー、リズ・ハンナ

      ベン・ラザウス、アラン・マンデルバウム

 脚本:リズ・ハンナ、ジョシュ・シンガー

 撮影監督:ヤヌス・カミンスキー

 プロダクション・デザイナー:リック・カーター

 衣装デザイナー:アン・ロス

 編集:マイケル・カーン、サラ・ブロシャー

 音楽:ジョン・ウィリアムズ

 第1助監督:アダム・ソムナー

 音響デザイン監修、リ・レコーディング・ミキサー:

         ゲイリー・ライドストロム

 出演:メリル・ストリープ  トム・ハンクス

    サラ・ポールソン  ボブ・オデンカーク

    トレイシー・レッツ  ブラッドリー・ウィットフォード

    ブルース・グリーンウッド  マシュー・リス

    アリソン・ブリー  キャリー・クーン

    ジェシー・ミューラー  デヴィッド・クロス

    ザック・ウッズ  ジェシー・プレモンス

* ストーリー

 1971年、ニューヨーク・タイムズは、ベトナム戦争に関する政府に不都合な事実が記載された最高機密文書“ペンタゴン・ペーパーズ”についてスクープ記事を発表する。ニクソン政権は裁判所に記事の差し止め命令を要求するが、出遅れたライバル紙のワシントン・ポストでは、編集主幹のベン・ブラッドリーが文書の入手に成功。しかし、それを公表すればポストの関係者も投獄される可能性があり、株式公開を目前にしていたポストとしては破滅の危機にもなる。アメリカ史上初の女性新聞社主となったキャサリン・グラハムに、重大な決断が託された。

* コメント

 実話を元にした社会派ドラマ。政治に関わる話で『リンカーン』を想起しがちですが、本作で描かれるのは政治家ではなくマスコミ。報道の自由と真実というテーマは決して目新しいものではなく、フィクションでもロン・ハワードの『ザ・ペーパー』が本作と似たストーリー構成でしたが、何といってもこれは史実だし、アメリカの政治史、メディア史にとっても重要な事件なのです。

 スピルバーグは歴史上の大きな転換点をよく題材に取り上げますが、本作で描かれる2週間も、30年間にわたってアメリカ政府が国民を欺いてきた事実が暴露された上、新聞社と政府の関係が決定的に変化するきっかけとなった出来事。そして同時に、地方紙だったワシントン・ポスト紙が唯一の全国紙ニューズウィークと肩を並べる有力紙へ躍進するきっかけにもなりました。映画はラストでウォーターゲート事件に言及して終りますが、この出来事は又、ウォーターゲートへも繋がってゆくのです(ポストの記者が関わった事件でもあります)。

 会話中心でスタティックだった『リンカーン』とは対照的に、本作は動的でスピーディな映画になっているのが目立った特徴。冒頭のベトナムのシーンこそ過去の戦争物と較べるとソフトですが、ドラマ部分は新聞社の場面を筆頭に、移動ショットやロー・アングルなどダイナミックなキャメラワークを多用し、終始スリリングでテンションの高い語り口で展開してゆきます。

 ドラマとしては、歴史の転換点を描きながら、個人の信念と勇気、人生をかけた決断を描いていて、タイムリミットのスリルもあれば、快哉を叫びたくなる痛快さもある。さらに、女性の自立をテーマにした女性映画でもあって、そうであればこそスピルバーグがこの脚本に興味を持ったのも当然でしょう。

 主演のメリル・ストリープは、スピルバーグがこれほど自由に、その場のひらめきで映画を作る事に驚いたと言い、監督本人も今回は特殊効果を使ったシーンが少ないので、臨機応変に撮影を進められたと語っています。クライマックスの法廷シーンで撮影終了できたのは感動的だったと皆が語っていますが、帰ってゆくキャサリンを群衆の女性達が暖かい眼差しで眺めるショットも、現場でスピルバーグが付け加えた、脚本にはないシーンとの事。

 映画が故ノーラ・エフロン監督に捧げられている事からも明らかなように、本作には女性賛歌のムードも強く出ています。ストーリーの上でも様々な女性がクローズ・アップされていますが、製作のクリーガーは、「自分が関わった作品で、スタッフの半数以上が女性だった現場は本作が初めて」と語っています。

 生前のキャサリンはいつも自信のなさげな人だったそうですが、当時の男性社会で、義父の新聞社を継いで自らが社主になる決断をしている時点で、既に相当な信念のある人だったのではないでしょうか。ベンとは家族以上の強い絆で結ばれていたといいますが、彼を雇い入れる際には、珍しく自信と決断力を見せたと家族が証言しています。ベンの方もキャサリンを認めていて、女性社主だからと蔑む事は無かったと伝えられています。

 重厚なドラマのみならず、華やかなエンタメ映画であっても、ゼロ年代以降のスピルバーグにはどこか暗い影が落ちていて、重苦しさを払拭できないイメージがあったのですが、本作は久しぶりに生き生きとした明快な映画となっています。真面目な内容ではありますが、スカっと爽快に楽しめるエンタメ作品としても成立していると思います。

 唯一難を言えば、やや説明的なダイアローグが目立つ事。登場人物が皆知っている情報をセリフで繰り返す場面がちょこちょことあり、分かり易くはあっても、ドラマとしては不自然で俗っぽく見えます。かなりの短期間で製作したため、そこまで精査する時間がなかったのでしょうか。演技やセット美術等は準備期間の不足を感じさせないクオリティなので、このセリフ回しだけは残念。

* スタッフ

 スピルバーグ曰く、『レディ・プレイヤー1』の公開までは新しい事をするつもりがなく、本作の脚本も敢えて読まずにいたそうですが、一旦読んでしまうとその素晴らしさに圧倒され、今すぐ撮らなくてはならないという衝動に駆られました。同時期に脚本を読んだストリープとハンクスのスケジュールが奇跡的に空いていた事もあり、本作は製作決定から僅か一ヶ月足らずで撮影に入ります。

 製作は、脚本を書いたリズ・ハンナとジョシュ・シンガー、パスカル・ピクチャーズのCEOエイミー・パスカルら。インタビュー映像を見るとみんな大学生みたいに若く、それで落ち着いていて聡明で、正に映画業界の新しい地図を見る思いです。スピルバーグ組のクリスティ・マコスコ・クリーガー、アダム・ソムナーも製作に参加。

 脚本を書いたリズ・ハンナはこれが初の映画化作品で、優秀な脚本として16年度のブラックリスト第2位に輝いたもの。この脚本に時代背景や様々な人物を付け加えたジョシュ・シンガーは、TVシリーズ『ザ・ホワイトハウス』や『FRINGE/フリンジ』で注目され、『スポットライト/世紀のスクープ』でアカデミー賞を受賞した人。

 撮影のヤヌス・カミンスキー、プロダクション・デザインのリック・カーター、音楽のジョン・ウィリアムズが厳しいスケジュールの中、プロフェッショナルな仕事を披露。当時の編集局を知る人がひと目見て涙したというセットは見事な出来だし、映画的な興奮に溢れたカミンスキーの美しい映像も、本作では特に生き生きと躍動しているように感じます。残念なのは音楽で、本作では裏方に徹して印象的な楽想は聴かれません。

 編集のマイケル・カーンも常連ですが、本作から『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』以降アシスタントや追加編集を担当してきたサラ・ブロシャーが、師匠と共にクレジットされています。衣装デザインのアン・ロスは、ハリウッドで長く活躍してきたベテラン。役を深く掘り下げて解釈する彼女の仕事は、俳優達から絶賛されています。『ジュリー&ジュリア』『幸せをつかむ歌』『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』などで、ストリープ、ハンクスとも旧知の仲。

 ワシントン・ユニットの撮影監督スチュワート・ドライバーグは、『ピアノ・レッスン』『ブリジット・ジョーンズの日記』『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』等で、既に本編の撮影監督として長いキャリアのある人。スピルバーグ製作では『メン・イン・ブラック:インターナショナル』も手掛けています。

* キャスト

 メリル・ストリープはかつて『A.I.』に声だけの出演をした事がありますが、本作で念願叶ってスピルバーグとの初タッグ。努力家として知られる彼女ですが、脚本のシンガー曰く「同時期にリサーチを始めたのに、メリルの方が僕より詳しかった」というほど、あらゆる資料を当たっています。彼女が実在の人物を演じると、ルックスもそっくりになったりして物真似に見えかねない所もありますが、表現が本質を衝いているのは、この徹底的なリサーチあっての事でしょう。

 ハンクスは、これがスピルバーグと5度目のコラボ。いかにも淡々として肩の力が抜けているのに、気が付けば観客をドラマの渦中に放り込んでいる所、正にハンクス・マジックとでも呼ぶ他ありません。特別な事は何もしていないように見えるのに、実は役柄に必要なものを全て盛り込んでいる彼は、ある意味で俳優の鑑と言えるでしょう。余計な虚飾ばかり加えて、キャラクターをスカスカの張りぼてにしてしまう凡百の俳優たちは、彼を見習って欲しいものです。

 本作は群像劇としても素晴らしく、新聞社の仲間を演じる俳優達をハンクスが自宅へ招いて親交を深めたというだけあって、息の合ったチーム感は見どころです。バグディキアンがエルズバーグと接触して本物の文書を目にする場面や、弁護士クラークがバグディキアンに情報源について問い詰める場面は演技の迫力に圧倒されますし、記者達が文書を手分けして読む場面も、スピルバーグらしいユーモアやスペクタクルのある名シーンになっています。

 演劇畑から実力者を集めたアンサンブルは、既に縁のある人も多く、例えばメグ役のキャリー・クーンとフリッツを演じたトレイシー・レッツは夫婦。クーンは『ゴーン・ガール』『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』等に出演、レッツはステッペンウルフ・シアター・カンパニーのメンバーで、ピューリッツァー賞も受賞している劇作家です。顧問弁護士役のジェシー・プレモンズとザック・ウッズも、過去にカップルを演じた間柄との事。

 又、編集局次長のバグディキアンとサイモンズを演じるのは、『サタデー・ナイト・ライブ』等で組んできたお笑いコンビのボブ・オデンカークとデヴィッド・クロス。スピルバーグは撮影が始まるまでその事実を知らず、偶然のキャスティングだったそう。前者はエミー賞も受賞している脚本家/作家で、後者(『戦火の馬』のデヴィッド・クロスとは綴り違いの別人)も『スモール・ソルジャーズ』『エターナル・サンシャイン』など出演作多数、声優では『カンフー・パンダ』シリーズ、スピルバーグ製作では『メン・イン・ブラック2』にも出ています。

 ベンの妻を演じたサラ・ポールソンは、TVシリーズで活躍。本作の後『オーシャンズ8』『ミスター・ガラス』にも出演しています。マクナマラを演じたブルース・グリーンウッドは、『フライト』や『スタートレック』シリーズのパイク提督、スピルバーグ製作では『SUPER 8』やTVシリーズ『THE RIVER/呪いの川』(TV)に出演。エルズバーグを演じたマシュー・リスはロンドンの王立演劇学校出身で、キャリア初期にジュリー・テイモア監督の『タイタス』に出ている実力派です。

* アカデミー賞

 ノミネート/作品賞、主演女優賞(メリル・ストリープ)

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