レイダース/失われたアーク 《聖櫃》

Raiders of the Lost Ark

1981年、アメリカ (115分)

         

 監督:スティーヴン・スピルバーグ

 製作総指揮:ジョージ・ルーカス、ハワード・カザンジャン

 製作:フランク・マーシャル

 共同製作:ロバート・ワッツ

 脚本:ローレンス・カスダン

 (原案:ジョージ・ルーカス、フィリップ・カウフマン)

 撮影監督 : ダグラス・スローカム

 プロダクション・デザイナー:ノーマン・レイノルズ

 衣装デザイナー: デボラ・ネドールマン

 編集:マイケル・カーン

 音楽:ジョン・ウィリアムズ

 第1助監督:デヴィッド・トンブリン

 スピルバーグの助手: キャスリン・ケネディ

 追加撮影: ポール・ビーソン, B.S.C.

 美術監督:レスリー・ディレイ

 プロダクション・イラストレーター:エド・ヴェロウ

 編集助手:コリン・ウィルソン、デュエイン・ダンハム

 音響デザイン:ベン・バート

 映像効果編集総指揮: コンラッド・バフ

 出演:ハリソン・フォード  カレン・アレン

    ポール・フリーマン  デンホルム・エリオット

    ジョン・リス=デイヴィス  ロナルド・レイシー

    ウォルフ・カーラー  アンソニー・ヒギンズ

    アリフレッド・モリーナ

* ストーリー 

 考古学者インディアナ・ジョーンズは、神秘的な力を宿しているという十戒の破片が収められた聖櫃を探す冒険に出る。その為に過去に恋愛関係だった女性マリオンや旧友サラーと再会するが、実はナチスのエージェントや、インディのライヴァルだったフランス人学者ベロックも聖櫃を追いかけていた。やっと聖櫃を探し当てたインディに、ベロックとナチスの軍隊が迫る。

* コメント   *ネタバレ注意!

 インディ・ジョーンズ・シリーズの第一作。興行的にも大成功し、前作『1941』の汚名を返上しました。本作は、スピルバーグが友人のジョージ・ルーカスと初めて仕事上で組んだ作品でもあり、当初の約束通り(あくまで友人としての約束で、正式な契約ではないそうです)三部作が完成された上、後年にシリーズ4作目も作られました。  

 私個人の見解を言えば、物語構成も演出もシリーズ中で最も完成度が高く、スピルバーグの全作品中でも屈指の出来映えを誇る名作ではないかと思います。何よりも、重厚でありながら細部まで周到に練られた演出が素晴らしい。これが第2作になると、いかにもハリウッド風のアトラクション型エンタメになってしまい、第3作では雑多な要素を詰め込みすぎて印象が散漫になり、数十年後の第4作では製作陣も俳優も年齢的な衰えを隠せないといった感じで、手放しで絶賛したくなる続編はありません。

 本作はまず、アークをめぐって旧約聖書とナチスが絡むストーリーに、ある種の特異な説得力があります。荒唐無稽ではあっても、映画の中では積極的に受け入れたいプロットというのでしょうか。そこにインディ側、ナチス側、さらにライヴァルのフランス人学者まで入り乱れるキャラクター設計は、ナチスの描写にやや誇張がみられる事を除けば、これも映画として楽しく受け入れられる範囲のものです。

 ペルー、ネパール、カイロと舞台を移動しながら展開するアクションも、それぞれがアイデア豊富でエキサイティングだし、遺跡や迷路、ジャングル、潜水艦など、アドベンチャーを盛り上げる仕掛けにも事欠きません。クライマックスには、ほとんどホラー映画めいたオカルティックな山場が用意されていて、これも冒険活劇としては意表を衝く感じで斬新。何より、各場面の配置のバランスが絶妙です。これが続編以降になると、どうも場面ごとのテイストの落差が極端だったり(第2作)、逆にファジーだったり(第3作)、テイストそのものに掴み所がなかったり(第4作)と、うまく行きません。

 スピルバーグの演出は誠に生き生きとしていて、画面全体に躍動感が溢れます。特に、場面を振付ける際に見られる天性の音楽的リズム感は、映画のそこここに表出。例えば、オープニングのシークエンスは、構成といいテンポといい、全体がまるでオペラの序曲のようだし、インディがアークのありかを解読する場面の山場の築き方、マリオンが誘拐される場面の軽妙かつスピーディなスケルツォ的感覚にも、監督のセンスが冴え渡っています(音楽も見事)。

 そして、クライマックス。捕らえられたインディとマリオンの前で、ナチスとベロックらの手によって遂にアークの蓋が開かれる、この場面の造形の妙といったらどうでしょう。神秘的なジョン・ウィリアムズの音楽に乗って、妖しく舞い漂う亡霊達、その姿に思わず「美しい!」と叫ぶベロック。やがて、音楽が劇的に高揚し、一体の美しい女性の幽霊がキャメラに向かってゆっくりと飛来。ところが、音楽の高まりが頂点に達し、幽霊がキャメラの正面に近接した所で、その姿が怖ろしい憤怒の形相に変貌、音楽も急変し、強烈な不協和音を叩き付けてきます。映像と音楽が共に、アダージョからプレストへとギアチェンジするわけです。

 これらの場面の、キャメラの動きや、編集と音楽の流れ、俳優の芝居、そういう物のいっさいが作り出すリズム、つまり監督スピルバーグの“演出”が、まるで音楽の様に優美で、ドラマティックで、そういう感覚というのが、何もこの場面だけに限らず、スピルバーグ映画では要になっているのに気付きます。

 倹約家ルーカスがプロデュースを務めた事で、予定より12日早い73日で撮影を終了。製作費も安く仕上がりました。スピルバーグは綿密なストーリーボードに基づき、派手なキャメラワークを駆使した見せ場の多くをばっさり割愛。セカンド・ユニットによる別班撮影も初めて取り入れ、一日に10回ものセットアップ、最大20ショットもの撮影をこなして、ストーリーをシンプルに語る事に徹しました。出演者のポール・フリーマンも「あんなに全速力で動くキャメラ・クルーは見た事がない」と語っています。

 有名な話ですが、インディが手強そうなナイフの使い手を一発で撃ち殺す場面は、下痢にやられたハリソン・フォードが長時間の撮影に耐えられなくなった事から生まれたアイデアです。又、DC3がヒマラヤ山脈上空を飛ぶショットはコロムビアの『失われた地平線』のリメイクから、30年代の街頭シーンはユニヴァーサルの『ヒンデンブルク』からフィルムを借用したもの。さすがに他の作品でそういう継ぎはぎはやっていませんが、後年のスピルバーグ映画で展開される早撮りのスタイルは、本作が出発点かもしれませんね。

* スタッフ

 『スター・ウォーズ』の封切り前、試写会での観客の反応に怖じ気づいてハワイに逃避していたルーカスは、浜辺でスピルバーグに本作のアイデアを話します。それが、ルーカスとフィリップ・カウフマン(『ライトスタッフ』『存在の耐えられない軽さ』の監督)による、ヒトラーがアークを探す物語でした。それは彼らが幼少の頃にテレビで観ていた、“クリフハンガー物”と呼ばれる冒険ドラマ・シリーズを映画で復活させる企画で、考古学者兼探検家のヒーローの名前には、ルーカスの飼い犬“インディアナ”の名が冠してありました。

 スピルバーグは、一時期製作に関わった『Oh!ベルーシ絶体絶命』の脚本家ローレンス・カスダン、ルーカスと3人で部屋にこもり、1日9時間、5日間ぶっ続けでストーリーを検討します。カスダンは後に、ルーカスがプロデュースした『スター・ウォーズ』の2、3作目やヒット映画『ボディガード』の脚本で売れっ子となった他、監督としても『白いドレスの女』や『再会の時』で評価されました。

 製作陣は、ルーカス組のハワード・カザンジャンやロバート・ワッツが務めていますが、本作は何と言っても、この後スピルバーグの右腕として辣腕を発揮してゆくフランク・マーシャルが、初めてプロデュースしたスピルバーグ作品でもあります。又、キャスリン・ケネディも本作でスピルバーグの助手に付き、そのアイデアが数多く採用されているといいます。ロバート・ワッツはインディ・シリーズだけでなく、『ロジャー・ラビット』『アメリカ物語2』でもスピルバーグと共にプロデュースに当たりました。

 撮影は、『未知との遭遇』のインド・シーンを担当したダグラス・スローカム。英国のベテランで、『冬のライオン』『ジュリア』など名作の他、ロマン・ポランスキーの『吸血鬼』やケン・ラッセルの『恋人たちの曲/悲愴』など怪作も撮っているユニークな人。メイキング映像を見るとかなり高齢の様子ですが、シリーズ3作に渡って過酷な環境のロケ地を回り、激しいアクションの多い撮影をこなしたヴァイタリティには頭が下がります。本シリーズの映像面における格調高さは、彼のセンスによる所が大きいでしょう。

 プロダクション・デザインは、『スター・ウォーズ』でオスカーに輝いたノーマン・レイノルズ。物語の舞台はペルーやネパール、カイロですが、実際のロケーションは『スター・ウォーズ』のために開拓したチュニジアの砂漠を再利用した他、ハワイ、北フランスの港町ラ・ロシェルで行い、後はロンドンのエルストリー・スタジオにセットを組んで撮影。製作費を抑えながら超大作に見せるというルーカスの方針に、見事応えています。

 編集のマイケル・カーン、音楽のジョン・ウィリアムズも続投。特に名門オーケストラ、ロンドン交響楽団を使用したウィリアムズのサントラは素晴らしく、ミュージカルのように画面の動きとシンクロしたアクション音楽や、コーラスを使った壮麗で神秘的なアークのテーマ、インスピレーション溢れるクライマックスの音楽、大ヒットしたレイダース・マーチなど、掛け値なしに彼の最高傑作の一つと呼びたいスコアです。

 特殊効果チームは勿論I.L.M.が担当、アカデミー賞に輝きました。デニス・ミューレン、コンラッド・バフ、キット・ウェスト、ブルース・ニコルソン、リチャード・エドランドといったその道の名手の他、後にスピルバーグ製作の『ジュラシック・パーク3』を監督するジョー・ジョンストンも特殊効果の美術監督で参加しています。クライマックス・シーンなどはオプティカル処理やモデル撮影等、今の目で見ると懐かしい雰囲気も漂いますが、近年のCG処理による描写と比べても、遥かにリアルな手触りと、観客の目を惹き付ける魅力があるのは不思議。

* キャスト

 主演のハリソン・フォードは、『スター・ウォーズ』のハン・ソロに続く人気ヒーローを創造。その後はどうも大物俳優のポジションに落ち着いたきらいもありますが、芝居のヴァリエーションが少ないせいかどうも作品に恵まれないような。後年、スピルバーグ製作の『カウボーイ&エイリアン』や久々に復活したシリーズ4作目に出演し、エンタメのジャンルに返り咲きました。

 相手役のカレン・アレンはスピルバーグと相性が悪く、大っぴらに対立した事で知られています。しかしそんな彼女もさらに作品に恵まれず、妥協したのか和解したのか、いずれにしろシリーズ4作目に再登板しました。ただ、彼女のみならず、スピルバーグ作品では常に女優の存在感が薄く、出演後にスターになった人はとても少ないですね。

 脇役陣には知的な風貌のポール・フリーマン、コミカルかつ不気味なナチスのエージェントを演じたロナルド・レイシーなど、無名ながら強い印象を残す俳優がキャスティングされている他、デンホルム・エリオットやアンソニー・ヒギンズといった、ジェームズ・アイボリー作品でお馴染みの英国俳優も起用(後者はスピルバーグ製作の『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』にも出演しています)。

 ちなみに冒頭のペルーのエピソードでは、スピルバーグ映画の隠れた常連テッド・グロスマンがポーターの役で『ジョーズ』以来数年ぶりに出演している他、『ブギーナイツ』の麻薬ディーラーや『ショコラ』の村長、『スパイダーマン2』のドクター・オクトパスなど、後に数々の強烈な役柄でスクリーンを賑わせるアルフレッド・モリーナが、インディに同行するサティポという役で映画デビューを果たしています。

* アカデミー賞

 ◎受賞/美術賞、視覚効果賞、音響賞、編集賞、特別業績賞(音響効果編集)

 ◎ノミネート/作品賞、監督賞、撮影賞、作曲賞

 

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