シングルス

Singles

1992年、アメリカ (99分)

         

 監督:キャメロン・クロウ

 製作総指揮:アート・リンソン

 製作 : キャメロン・クロウ、リチャード・ハシモト

 共同製作:リチャード・チュウ、ケリー・カーティス

 脚本:キャメロン・クロウ

 撮影監督 : ユーリ・スタイガー

 プロダクション・デザイナー : スティーヴン・ラインウィーバー 

 編集 : リチャード・チュウ

 音楽:ポール・ウェスターバーグ

 出演:キャンベル・スコット  キーラ・セジウィック

     マット・ディロン  ブリジット・フォンダ

     シーラ・ケリー  ジム・トゥルー

     ビル・プルマン  ジェームズ・レグロス

     エリック・ストルツ  トム・スケリット

     アリー・ウォーカー  ジェレミー・ピヴェン

     ティム・バートン  ポール・ジャマッティ

* ストーリー 

 独身専用のアパートメントに住む6人の若い男女達。独身主義で、今後3年間は仕事一筋を誓ったばかりの青年スティーヴは、男性不信のOLリンダと予想外の恋に落ちる。一方、つれない態度のロック青年クリフに恋するジャネットは豊胸手術を受けようし、結婚願望の強いデビーはビデオ・デートに運命を託す。常に傍観者の青年ベイリーは、仲間の恋のアドバイスばかり。そんな彼らも、やがては気ままな生活と決別し、自分なりの生き方に目覚めてゆく。

* コメント    

 デビュー作から3年、技術的にも内面的にもクロウの著しい進境を示す二作目。ナイーヴな優しさやユーモア・センス、斬新な技法や繊細な映像美など、クロウ作品の美点は本作でほぼ出揃ったといっていいでしょう。本作も恋愛ドラマですが、今度は二十代の独身男女による群像劇。映画は6人の若者それぞれに焦点を当てて章立てがなされ、キャメラに向かった一人一人の自己紹介で各章を開始するという遊び心のある構成。オーソドックスな前作とは異なる語り口を志向しています。今回もオリジナル脚本ですが、直線的なストーリーの要素を後退させ、日常スケッチのコラージュ的な性格を押し出した感じでしょうか。

 特筆すべきは、遥かに自由闊達さを増したクロウの演出ぶりで、巧妙に練られた脚本と演出の妙に舌を巻きます。例えば、リンダと元カレの回想シーン。ジェットコースターに固定されたキャメラが、落下する二人の姿を捉える短い挿入場面ですが、落下時のリンダの悲鳴が、直前に放たれた元カレの言葉に対する悲鳴とダブル・ミーニングになっている所、心憎いアイデアです。

 そして、繊細で柔らかな映像の美しさ。撮影監督としての腕は前作のラズロ・コヴァックスの方が遥かに上なのでしょうが、本作でユーリ・スタイガーが作り出した精妙な色彩感覚は素晴らしく、舞台となるシアトルの土地柄も生かして、ヨーロッパ風のカラーパレットを巧みに展開。こういう映像は、ただ眺めているだけでも楽しいものです。

 例えば、スティーヴがリンダを車で送っていく場面の、雨の止み間で風の強い曇天(日本ではよくある天気)や、件のジェットコースターのシークエンスで、日没直前の宵闇にレールに並置された照明灯が映える見事なライティングなど、思わずはっとさせられる画作りを随所に展開。スティーヴとリンダがアパートの中庭で語らう夜の場面も、彼らの表情を照らすほんの僅かの照明、窓からこぼれる明かりに浮かぶ住人のシルエットと、ロマンティックな情感に溢れた映像美が印象的です。これらは、後のクロウ作品で顕著になる精緻な映像ルックの萌芽と言っていいかもしれません。

 俳優達による微細な感情表現や、ニュアンス豊かな心理描写も、凡百の恋愛映画と一線を画すもの。類型的にならないキャラクター造形とダイアローグは、クロウの洞察力と人物描写の才、登場人物に注ぐ愛情の深さをよく表しています。群像劇としてのキャラクター配置や描き分けも堂に入っていて、B級青春映画にありがちな既視感がないのは何より。各カップルの恋の行方は、予期せぬトラブルのせいで一筋縄では行きませんが、紆余曲折を経て辿り着く結末の爽快感、幸福感も、これまた後のクロウ作品に継承されてゆくものです。

 音楽へのこだわりはデビュー作から一貫していますが、本作では登場人物の一人がミュージシャンという設定もあり、シアトル発のグランジ・ロックを大々的に展開。ライヴ場面にカメオ出演もしているサウンドガーデンとアリス・イン・チェインズの他、パール・ジャムのメンバーがマット・ディロンの音楽仲間として出演しています。

 ちなみにDVDの特典映像には、失恋に悩む主人公がドラッグストアに入ると、雑誌の表紙達が次々に語りかけてくる未公開場面が収録されていますが、発想の突飛さ以上に、細かいギャグを盛り込んだシナリオ自体が楽しいもので、これはぜひ本編に入れて欲しかった所。

* スタッフ

 製作陣がユニーク。『アンタッチャブル』等の売れっ子プロデューサー、アート・リンソンは『初体験リッジモント・ハイ』『ワイルド・ライフ』からの付き合いですが、ティム・バートン監督の『ビートルジュース』『シザーハンズ』の製作者リチャード・ハシモト(この繋がりでバートンが出演しているのかも)、『スター・ウォーズ』でオスカーを受賞した編集マンのリチャード・チュウ(本作の編集も兼任)など、製作者としては実に不思議な面々です。共同製作のケリー・カーティスは、『セイ・エニシング』でリサーチを担当した人。

 撮影のユーリ・スタイガーは、ドイツ出身。同郷のローランド・エメリッヒ監督が渡米し、ハリウッドで売れっ子になった事で一緒に名を挙げたシネマトグラファーです。エメリッヒ作品の『ゴジラ』『デイ・アフター・トゥモロー』など超大作にもよく参加する人ですが、前述したようにヨーロッパ的な色彩感覚は絶妙。

 プロダクション・デザインは『ザ・エージェント』にも続投するスティーヴン・ラインウィーヴァー。セット装飾を『セイ・エニシング』で監督の助手だったクレイ・グリフィスが担当しています。彼は『ザ・エージェント』にも参加し、『あの頃ペニー・レインと』以降も美術やプロダクション・デザインを担当。又、前作に続いて第1助監督のジェリー・ジースマーがチョイ役で出演もしている他、後にプロデューサーに昇格するリサ・スチュワートが、クロウの助手としてクレジットされています。

 音楽監修は、クロウ作品には欠かせないダニー・ブラムソン。先に書いたシアトル・サウンドの担い手達や、ジミー・ヘンドリックス、ジョン・コルトレーンなど計34曲のナンバーを使用し、未発表曲11曲含む13曲収録のサウンドトラックはゴールドディスク(50万枚)を記録しました。

* キャスト

 一見異色ながら、画面上の相性が良い出演者達には、脚本や映像とのマッチングを徹底重視するクロウ監督らしいこだわりが感じられます。青春スターのマット・ディロンにカルト映画の女王ブリジット・フォンダ、ひと癖ある役どころが得意なキャンベル・スコット、常に手堅い演技を見せる実力派ビル・プルマンやキーラ・セジウィックなど、派手ではないけれど映画の世界観にうまく溶け込んだ彼らの芝居には魅せられます。

 脇役のキャスティングも遊び心たっぷりで、マイム役者にエリック・ストルツ、市長にトム・スケリット、キス男にポール・ジャマッティ、売れない映画監督にティム・バートンと、なかなかユニークな配役。キャメロン・クロウ自身も音楽雑誌のインタビュアー役で出演しています。

 

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