キャメロン・クロウ

Cameron Crowe

* プロフィール

 1957年7月13日、カリフォルニア州パーム・スプリングス生まれ、サンディエゴ育ち。早熟な才能に気付いた母親の方針で、幼稚園と小学校2学年を飛び級。13歳でサンディエゴ・ドアというアンダーグラウンド雑誌に音楽記事を寄稿し、伝説的な音楽評論家レスター・バングスと出会う。その後、バングスが編集していたクリーム誌の他、ペントハウス、プレイボーイ、ミュージック・ワールド、ロスアンジェルス・タイムズと執筆活動の場を広げてゆき、若干15歳にしてローリング・ストーン誌の最年少記者となる。

 同誌ではデヴィッド・ボウイ、ニール・ヤング、エリック・クラプトン、レッド・ツェッペリンなど、錚々たるアーティスト達に密着し、ツアーにも同行してインタビューやプロフィール記事を執筆。ボブ・ディランの全キャリアを包括したアンソロジー・アルバム『バイオグラフ』に寄稿したライナー・ノーツは、グラミー賞にノミネートされるほどの内容だった。

 同誌の本部がニューヨークに移ったのを機に、フリーランスで執筆を続けながら、70年代のティーンを主人公にした青春小説に注力。79年、南カリフォルニアの高校に潜伏して書き上げたこの小説『初体験リッジモント・ハイ』はベストセラーとなり、自身の脚本で映画化。本作は大ヒットし、ショーン・ペンやニコラス・ケイジ、エリック・ストルツをはじめ、数多くの若手俳優をスターダムにのし上げた。同作のプロデューサー、アート・リンソンとはさらに『ワイルド・ライフ』(84年)でも組み、脚本と製作も担当。

 1989年、『セイ・エニシング』で監督デビュー。96年の『ザ・エージェント』が大ヒットを記録し、アカデミー脚本賞、監督賞等にノミネート。2000年の『あの頃ペニー・レインと』は150人を越える批評家のトップ10リスト入りを果たし、アカデミー脚本賞も受賞。入念なリサーチを基に何年もかけて練られた脚本と、ディティールや音楽に凝った繊細な演出は、観客からも評論家からも高く評価されている。

 99年には、巨匠ビリー・ワイルダー監督にロング・インタビューを敢行した“Conversations with Wilder”(邦訳『ワイルダーならどうする? ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話』、下記リンク参照)を出版。妻は姉妹のロックバンド“ハート”の歌手ナンシー・ウィルソン。

* 監督作品リスト (作品名をクリックすると詳しい情報がご覧になれます。)

 1989年 『セイ・エニシング』 

 1992年 『シングルス     

 1996年 『ザ・エージェント      

 2000年 『あの頃ペニー・レインと        

 2001年 『バニラ・スカイ  

 2005年 『エリザベスタウン』 

 201 『パール・ジャム20』(ドキュメンタリー) 

 2011年 『幸せへのキセキ』  

 2015年 『アロハ』(日本未公開)  

* スタッフ/キャスト

 キャメロン・クロウの映画を支えるスタッフ・キャストたち 

* 概観

 リサーチの鬼と呼ばれ、寡作ながら、発表する作品が軒並み高い評価を得ているキャメロン・クロウ監督。オリジナル脚本を中心に自分でシナリオを書く作家型の監督ですが、自伝的な映画は一作だけで、アカデミー賞に輝いた『ザ・エージェント』やスペイン映画のリメイク『バニラ・スカイ』など、エンタメ作品としてもヒットを飛ばせる所が人気の理由でしょう。

 彼の映画を特徴付けているのは、自身の出自。彼は、若干15歳にしてローリング・ストーン誌のライターに起用された早熟の天才であり、気鋭のジャーナリストであり、何よりも熱狂的な音楽ファンだった訳で、そういった一切が、彼の作る映画に反映されています。徹底したリサーチは脚本に、膨大な音楽的知識はサントラに、若くして様々な人間を見てきた経験はキャラクター造形や役者の演出に生かされる、といった具合。

 ビジネス畑出身ではないクロウの映画に、ビジネスマンの主人公やオフィスの描写がよく出てくるのは面白い傾向ですが、登場人物の職種に関わらず、物語を押し進めるのはラヴ・ストーリーである場合がほとんどです。それがただの恋愛映画に終らないのは、並外れた洞察力の深さと、魅力的なキャラクターを作り出す天賦の才ゆえでしょう。彼は「男の子の弱い部分」を見事に抽出して性格描写に取り入れ、一体どうやってか、この主人公と相性抜群で魅力的な女性キャラクターを創造し、愛らしいボーイ・ミーツ・ガールの物語に仕立ててみせるのです。

 例えば『ザ・エージェント』のレニー・ゼルウィガーや、『エリザベスタウン』のキルステン・ダンストが演じたキャラクターなんて、こんなにユニークで健気な女の子が実際にいたら、大抵の男子はあっという間に恋に落ちてしまうんじゃないかと思いますが、まあ私は男子なので、女子目線でどうかは正確には分かりません。もしかすると男子向けのファンタジーというか、男子から見た女子の理想像かもと思ったりしますが、まあ女優さんも納得して演じているようですし、女性のクロウ・ファンもたくさんいるようですので。

 このシナリオに磨きをかけるのが、演出家としてのキャメロン・クロウ。柔らかくも繊細な映像美と明確なイメージに合わせてチョイスされた音楽によって、爽快感溢れる彼の世界が完成します。その上、俳優から魅力的な演技を引き出す手腕の確かさといったら! 彼は俳優がアドリブでセリフや動作を追加するのを嫌がるそうですが、それにしても主役から脇役に至るまで、この、生き生きと人間臭さに溢れた芝居はどうでしょう。

 特に女優さんの仕草や表情、例えば、恋する相手の前で何とか平静を保ちながら、相手が視界から消えた途端に気持ちを抑えきれなくなるような場面など、他の監督の映画ではあまり見かけないせいか、実にチャーミングで人間的に感じられます。レニー・ゼルウィガーやケイト・ハドソンなど、クロウ作品でブレイクした俳優は何人かいますし、『ザ・エージェント』のキューバ・グッディングJrや『あの頃ペニー・レインと』のフランシス・マクドーマンド、『エリザベスタウン』のスーザン・サランドンなど、時に脇役が華やかな見所をかっさらってしまうのはクロウ作品ならでは。

 一体どうやって役者から演技を引き出すのかと思っていたら、ケイト・ハドソンがこんな事を言っていました「彼と話していると、自分が世の中で一番大切な人間と思えてくるのよ」。スカーレット・ヨハンソンもこう発言しています、「彼はとても穏やかな人で、俳優をすごく大切にしてくれる。素敵な褒め言葉を書いたメモをくれる事もあるわ。“この間撮影した映像を見ていて、君がさりげなくポケットに手を突っ込むシーンがすごく良かった”とかね。そういうとても細かい所にも、注意を払って見てくれるのよ」。

 彼の映画にはナイーヴな優しさと爽やかな透明感が横溢していて、ドラマに紆余曲折があっても、最後にふんわりと暖かい気持ちにさせてくれる点では共通しています。ただ、脚本的にも演出的にも、感情面の振幅を大きく取りすぎないのが基本的姿勢で、特に音楽は、人物の感情を説明的に増幅するような劇伴は一切付けていません。スコアを担当しているのは多くの場合、監督夫人のナンシー・ウィルソンですが、彼女の音楽も中間色で、それ自体あまり起伏がないというか、敢えてBGMを指向するようなものがほとんどです。

 一方、錚々たるアーティスト達による歌の挿入は、シーンの空気感や方向性に監督の意思を反映させる格好で、常にサントラは豪華なオムニバスと化します。クロウ曰く「僕は幸せと悲しみを同時に感じさせてくれる映画が好きだ。そうした切なさを出すのに、音楽は大きな役割を果たす」。彼はシーンのイメージを音楽に至るまで明確に持っていて、撮影現場でもその音楽を実際に流すそうです。この手法は珍しいらしく、多くの俳優が「そんな演出をする監督は他にいない」と発言していますが、スカーレット・ヨハンソンは「それだって、俳優に好きな音楽を持ってきていいと言ってくれるのよ」と述べています。

 リメイク作品である『バニラ・スカイ』やパール・ジャムのドキュメンタリー映画を除けば、3年から6年のブランクを空けつつ作品を発表してきたキャメロン・クロウ。彼が将来、ビリー・ワイルダーの衣鉢を継ぐ偉大な映画作家に位置付けられる日が来るのかどうか、映画ファンとしては今後がとても楽しみな監督さんです

《関連書籍》

『ワイルダーならどうする? ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話』 (キネマ旬報社)

各作品の劇場パンフレット、『プレミア』日本版・『DVDでーた』等・各種雑誌

 

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