音楽ドキュメンタリー『パール・ジャム20』を除けば、前作『エリザベスタウン』から6年のブランクを経た新作。本作がそれまでのクロウ作品と趣が違うのは、リメイク作品だった『バニラ・スカイ』を別にすれば初の原作物(それも実話)であり、脚本も他人との共作になっている点と、独身男女の出会いを描いてきたクロウが、パートナーを失ったばかりの既婚男性(子持ち)を描いている点でしょうか。 特に前者に関しては女性脚本家、それも特に女性の間で人気の高い脚本家を共同執筆者に選んだ事で、いつものクロウ作品とは違った視点が取り込まれているかもしれません。逆に言えば普通のアメリカ映画に近付いた感じで、キャメロン・クロウ作品としてはややドラマ性が強すぎるというか、紆余曲折の起伏に富みすぎている印象もなくはありません。 特に、農務省の検査官フェリスのコミカルで嫌味なキャラクターは、いかにもハリウッド的な人物造形で好みを分つ所です。動物園のスタッフ達も、キャラクターが個性的に描き分けられすぎて、逆に映画っぽくなりすぎたかもしれません。スムーズな開園を妨げる数々のトラブルも、障害としては不自然に多く起りすぎる印象を受けます。クロウ監督のファンとしては、もう少しシンプルにストーリーをデッサンし、その分、人物の仕草や性格を描いてくれたら、と感じる人もいるでしょう。 人が人との出会いによって再生してゆくという構図は、過去のクロウ作品と共通するものですが、愛する者を失うという究極の喪失は、これまでのクロウ作品では描かれませんでした。それでも殊更に悲劇的な色合いを強調せず、颯爽とした調子で、主人公一家の新生活への格闘を活写しているのは嬉しい所。詠嘆調の感情過多な演出は注意深く避けられていますが、それでもベンジャミンの心に巣食う深い悲しみと、新たな出会いから少しずつ得られる癒しは、十二分に伝わってきます。 特に老齢で衰弱したベンガル虎を巡るエピソードは、彼が愛する者の死と向き合うきっかけとなり、息子ディランにとっても、父との確執や、父のせいで人生に否応なく持ち込まれたこの動物園との関わり方にも繋がる、重要なものです。また、ベンジャミンが妻の写真を直視できるようになる場面や子供達とのラストシーンは、クロウらしい映像と音楽の使い方と、さりげない中に真情の込められた演出が秀逸。 長男がヘビのケージを開けたまま放置してしまう場面などは、それで皆との関係がこじれたり、対立したり、いわば大きなトラブルの端緒に使われがちなエピソードですが、そこはクロウ作品の事、次の朝のシーンではスタッフ総出でヘビを捕まえるユーモラスな状況になっていて、誰かが咎められたり、問責されたりといった面倒臭い展開は一切ありません。そのこと自体が問題なのではない、という独特の大らかな態度はクロウ作品特有の心地良さでもあります。 音楽はナンシー・ウィルソンからヨンシーに代わりましたが、曲のムードや歌の選曲センスは相変わらずのキャメロン・クロウ印で、独特の浮遊感と中間色の柔らかなタッチは変わりません。唯一、雨の場面で流れるランディ・ニューマンの“”が醸し出すしみじみとした叙情には、以前のクロウ作品にはなかった大人っぽい味わいを感じました。 |