ザ・エージェント

Jerry Maguire

1996年、アメリカ (138分)

         

 監督:キャメロン・クロウ

 製作:ジェームズ・L・ブルックス、リチャード・サカイ

    ローレンス・マーク、キャメロン・クロウ

 共同製作:ブルース・S・パスティン、ジョン・D・スコフィールド

      リサ・スチュワート、J・マイケル・メンデル

 脚本:キャメロン・クロウ

 撮影監督 : ヤヌス・カミンスキー , A.S.C.

 プロダクション・デザイナー : スティーヴン・ラインウィーバー 

 衣装デザイナー:ベッツィ・ハイマン

 編集 : ジョー・ハットシング

 音楽:ナンシー・ウィルソン

 出演:トム・クルーズ     レニー・ゼルウィガー

     ボニー・ハント   キューバ・グッディングJr

     ジェイ・モア     ケリー・プレストン

     ジェリー・オコネル    ジョナサン・リプニツキー

     レジーナ・キング   グレン・フライ

     ボー・ブリッジス    エリック・ストルツ 

* ストーリー 

 多くのスポーツ選手を抱える一流スポーツ・エージェントのジェリー。しかし、ある選手の子供から非難されたのをきっかけに、莫大な利益を生む選手達を“商品”として扱ってきた自分と会社の態度に疑問を持ち始める。ある晩、一気に書き上げた提案書のコピーを社内にばらまいた彼は、会社を辞めざるを得なくなる。そんなジェリーに付いてゆこうとしたのは、彼の理想主義に心から共鳴したドロシー一人だけ。しかも、ゼロからの出発となった彼に残されたクライアントは、落ち目のフットボール選手ロッド・ティドウェルだけだった。

* コメント    

 アカデミー賞をはじめ高い評価を受けたヒット作。スポーツ・エージェントという珍しい職業の主人公で、日本映画だとこういう場合、往々にして職業紹介みたいな構成になりがちですが、クロウは見事、普遍的な挫折と成長の物語に集約させています。スタッフ・ワークも優秀で、非常にクォリティの高い感動作となりました。

 主人公ジェリーが自身と会社の方針に疑問を持ち、方向転換を提案した事で職を失い、信念と人柄でゼロから再生してゆく話が一つの軸。彼が仕事と同時に恋人をも失いながら、真の理解者と出会って本当の人生、本当の愛を掴んでゆく話が、もう一つの軸。

 どちらも凡庸な展開に陥りがちなテーマながら、クロウは持ち前の人間観察力と暖かな視線で登場人物を活写し、真情溢れる血の通ったドラマに仕上げました。陰謀や罠で障壁を作ったり、浮気等の下世話なトラブルで回り道させるような作劇は一切行わず、あくまでも誠実に、主人公達の心理的葛藤としてテーマにアプローチしている所、凡百の脚本家、監督とは一線を画します。それゆえに彼らが築く成功や友情、愛情に、胸を熱くさせる感動が伴う訳です。

 演出としては前作のように奇をてらわず、美しく柔らかな映像で丁寧に物語を追った印象。多くの要素を同時に追う直線的な脚本ですから、このアプローチは正解だったと思います。その分、キャスティングに遊び心を発揮し、(私は残念ながら知識を持ちませんが)多くのプロ・スポーツ選手や関係者が実名で出演して映画の世界観にリアリティを与えています。しかし、主役から小さな役に至るまでそれこそ全ての俳優が、ニュアンス豊かな芝居を生き生きと展開する素晴らしさといったらありません。

 ちなみに、ジェリーが人生を転換し、会社を追われるきっかけとなる提案書は、劇中では詳しい内容まで紹介されていませんが、これはクロウが一晩で書き上げた27ページにもわたる声明文で、俳優達が取り組む物語の中心として、単なる小道具以上の意味を持たされています。これは日本語訳が映像ソフトの特典に入っていたりしますので、読んでみるとその論理的な内容に驚きます(私が読んだブルーレイ・ディスクの特典映像では全40ページありました)。

* スタッフ

 製作は『セイ・エニシング』も手掛けたジェームズ・L・ブルックスが、自身の監督作『愛と追憶の日々』のプロデューサー、ローレンス・マークとリチャード・サカイを引き連れて参加。前作でクロウの助手を担当したリサ・スチュワートも、共同製作者に名前を連ねています。

 クロウは脚本執筆に3年を費やし、当時誰も書いた人がいなかったというスポーツ・エージェントの世界を徹底リサーチ。主人公のモデルになったのは有名なエージェントで、本作のコンサルタントも務めるリー・スタインバーグですが、クロウが接した他のエージェント達も脚本に影響を与えました「僕がインタビューした人達は、一日中自分の出世の事ばかり喋っていた。でも、長い一日が終わる頃にはみんな一つの所に行き着く。“今日も一日《何か》を追いかけた。でも《何か》って何なんだ? どこにあるんだ?”、そんな事を言うんだ」。

 撮影監督のヤヌス・カミンスキーは、『シンドラーのリスト』以降全てのスピルバーグ監督作を一手に引き受ける才人。不思議な事にスピルバーグ作品以外ではあまり活躍していませんが、本作はその中でも例外的に成功した作品だと思います。繊細で柔らかなタッチと、多彩なグラデーションを成す美しい色彩感は、視覚的魅力に事欠きません。

 プロダクション・デザイナーは前作に続いてスティーヴン・ラインウィーバーで、セット装飾も引き続きクレイ・グリフィス。彼と美術監督のクレイトン・ハートリーは、次作『あの頃ペニー・レインと』にも続いて参加しています。編集は、オリヴァー・ストーン作品で二度のアカデミー賞に輝くジョー・ハットシングが担当。第1助監督はクロウ作品連続3作目となるジェリー・ジースマーで、又もやチョイ役出演(トレーナー役)。

 音楽は再びナンシー・ウィルソン。スコア作曲の他に、主題歌を含む2曲を自身で歌っています。スーパーヴァイザーはいつも通りダニー・ブラムソンで、ブルース・スプリングスティーンが提供した“Secret Garden”の他、ザ・フー、ポール・マッカートニー、ボブ・ディラン、エルヴィス・プレスリーと、錚々たるアーティストの楽曲を使用し、クロウ監督らしいこだわりを随所に発揮。

* キャスト

 トム・クルーズの熱意と共感溢れる芝居は素晴らしいです。スターのイメージに捉われず、自分がこれと思う優れた作品に関わろうという強い意志が投影されているし、ファンは挫折した情けない主人公の姿に彼の挑戦を見るかもしれません。彼の演技に共通する幾つかのパターン、両手を使った決めポーズや体の動かし方の癖などは、キャラクターとの一体化を阻害する面も否めませんが、それでも観客を引き付ける事ができるのは実力の証でしょう。

 本作は、レニー・ゼルウィガーが出演した初のメジャー作品でもあります。彼女の演技がいつも素晴らしいと思うのは、感情の発露を身体や表情の直截な動きに、すこぶる魅力的に表す事が出来る所。俳優ならそんな事できて当たり前と思われるかもしれませんが、現実に多くの役者が型やスタイルで演じているようにしか見えないのも事実です。トム・クルーズの演技にさえ、そういう傾向が見られるくらいですから。ゼルウィガーの演技は実に率直で、本当に“そういう人”がキャメラの前にいて、泣いたり笑ったりしているみたい。

 キューバ・グッディングJrは、過去に演じてきたシリアスな役柄から一転、成り行きが少し心配になるほど軽いタッチの芝居ですが、ジェリーと成功を掴んだ後の場面など、エモーショナルな演技が胸を打ちます。トム・クルーズとは『ア・フュー・グッドメン』でも共演済み。

 クロウ作品の常として脇役はみんな生き生きとしており、『ツインズ』のケリー・プレストンや『ベートーベン』のボニー・ハント、『スタンド・バイ・ミー』で子役の一人だったジェリー・オコネル、そして何と言っても奇跡的な演技を見せる5歳のジョナサン・リプニツキーと、個性的で人間臭いキャラクター達に見事、息が吹き込まれている点は見逃せません。主人公のライヴァルを演じたジェイ・モアも、コメディアンの資質を生かして存在感を示し、本作出演後にはオファーが殺到したといいます。

 又、前述したようにプロ・フットボール選手や解説者など有名スポーツ人が多数実名で出演している他、音楽界からも、イーグルスのグレン・フライがアリゾナ・カージナルズのオーナーを演じていたり、ローリング・ストーン誌の発行人ジャン・ウェンナーが主人公の上司スカリー役で出演しています。クロウ組ではお馴染みのエリック・ストルツも独身サヨナラ・パーティー会場のオーナー役、監督の実母アリスがバツイチ女性グループの一人で出演(彼女は以降のクロウ作品にも出演を続けています)。

* アカデミー賞

◎受賞/助演男優賞(キューバ・グッディングJr

ノミネート/作品賞、脚本賞、編集賞、主演男優賞(トム・クルーズ)

 

Home  Back