バニラ・スカイ

Vanilla Sky

2001年、アメリカ (136分)

         

 監督:キャメロン・クロウ

 製作総指揮:ジョナサン・サンガー、ダニー・ブラムソン

       フェルナンド・ボヴァイラ、ビル・ブロック

       パトリック・ワクスバーガー

 製作:トム・クルーズ、ポーラ・ワグナー、キャメロン・クロウ

 共同製作:マイケル・ドーヴェン、ドナルド・J・リー,Jr

      スコット・M・マーティン

 脚本:キャメロン・クロウ

 (原案:アレハンドロ・アメナーバル、マテオ・ジル)

 撮影監督 : ジョン・トール , A.S.C.

 プロダクション・デザイナー : キャサリン・ハードウィック 

 衣装デザイナー:ベッツィ・ハイマン

 編集 : ジョー・ハットシング、マーク・リヴォルシ

 音楽:ナンシー・ウィルソン

 出演:トム・クルーズ     ペネロペ・クルス

     キャメロン・ディアス   カート・ラッセル

     ジェイソン・リー     ノア・テイラー

     ティモシー・スポール  ティルダ・スウィントン

     アリシア・ウィット  W・アール・ブラウン

* ストーリー 

 富と才能、若さとルックスを兼ね備えたニューヨークの出版社重役デヴィッド・エイムズ。誰もがうらやむその生活ぶりとは裏腹に、彼は人生に満ち足りなさを感じてもいた。ある日、デヴィッドは一人の女性と知り合った事で、予期せぬ人生の挫折を経験する。気がつけば彼は、現実と幻想の狭間で本当の自分と直面し、真実を求める不思議な旅に出ていた。

* コメント   *ネタバレ注意!

 アレハンドロ・アメナーバル監督『オープン・ユア・アイズ』のリメイク作品。オリジナル脚本ではなく原作(元の映画)が存在する点、前作から僅か1年で発表された新作である点、過去の作品で主演した俳優を再度主演に起用している点、同じ撮影監督と再び組んだ初めての作品である点など、キャメロン・クロウ作品としては異例ずくめの映画となりました。音楽ファンのクロウらしく、彼はこのリメイクを、他のアーティストの曲をカヴァーするようなもの、と形容しています。

 私は本作を劇場で観た後、DVDでも数回観ていますが、やはりキャメロン・クロウ色の薄い映画という印象をずっと持っていました。それは、時空に仕掛けのあるSF的なストーリーもそうだし、激しい嫉妬や殺意を描く感情面もそうだし、クロウ作品には珍しく暴力や死の場面が出て来る所もそうです。しかし、本文執筆のために久しぶりに見直してみて、主人公が挫折を機に人生をやり直そうとするストーリーは、『ザ・エージェント』や『エリザベスタウン』にも通ずる所があるように感じました。

 俳優から素敵な芝居を引き出す事にかけては天下一品のクロウ監督ですから、純粋に一シーンとして印象的な箇所はたくさんありますが、ストーリーはかなり混み入っていて、一度観ただけでは何が起っていたのか、理解するのは難しいのではないかと思います。少なくとも、いったん最後まで観て事実を理解してから、もう一度観直して初めて全体像が分かるという感じでしょうか。理解力の劣る私には、それでもまだ謎が残るというか、ラスト近くに親切にも種明かしがあるのですが、それでも全ての謎が完全に説明されてはいないように思います。

 こういった作品でも、クロウの演出アプローチは、基本的に変わる事がありません。精細な美しさに彩られた映像の中で、役者から自然で生き生きとした芝居を引き出し、独特のセンスで選曲したパステル調の音楽に乗せて編集するスタイル。ストーリーが深刻なだけに、キャラクター同士の関係性は勿論、平素のクロウ作品とは較べ物にならないほどシリアスな様相を帯びるのは確かです。しかしそれでも、デイヴィッドとソフィアが出会って関係を深めてゆく過程の描き方などには、いかにもクロウ監督らしい、ロマンティックなボーイ・ミーツ・ガール物のエッセンスが散りばめられています。

 ちなみに、映画や小説に関して私はいつも思うのですが、現実なのか夢なのか判然としないという描写は、観客に対してフェアではないですよね。それが許されるならストーリーなんて何でもありになってしまう。それは作り手にとって、余りに都合が良すぎます。要するに、やり方として安易なのです。その場面が現実なのか虚構なのか、少なくともラストまでには、作り手は観客に明示する義務があると私は思います。

* スタッフ

 製作はクロウ自身に、トム・クルーズとポーラ・ワグナーの自社プロ・コンビ。共同製作のマイケル・ドーヴェンもクルーズ/ワグナー・プロダクションの古参メンバーです。さらにクロウ作品ではいつも音楽監修を務めているダニー・ブラムソンが製作総指揮に参加。脚本はオリジナルのスペイン映画そのままではなく、クロウが独自の感性で自由に脚色。しました

 撮影監督は『あの頃、ペニー・レインと』に続いてジョン・トール。クロウ印の柔らかなタ映像美を展開。彼は本作の後、『エリザベス・タウン』も担当しています。プロダクション・デザイナーは、キャサリン・ハードウィック。編集は、前二作に続いてジョー・ハットシングと、後の作品も手掛けるマーク・リヴォルシが担当。

 音楽はいつも通りクロウ夫人のナンシー・ウィルソン。製作総指揮を兼任したダニー・ブラムソンも今まで通り音楽スーパーヴァイザーを務め、ポール・マッカートニーとR.E.M.の書き下ろし新曲を中心に、レディオヘッドやボブ・ディラン、ピーター・ガブリエル、トッド・ラングレンなど豪華アーティストをフィーチャーしたサントラをプロデュースしています。ちなみに役名のジュリー・ジアーニとしてサントラに参加しているのはキャメロン・ディアス自身で、作曲はナンシー・ウィルソン。元々“ハート”の大ファンだったディアスにとって、これは夢のような体験だったとの事です。

* キャスト

 主演のトム・クルーズは、自身がプロデューサーを兼ねているだけあって、自分に合う役をうまく選んでいるような印象を受けます。成功の頂点から転落し、自分を見つめ直すエグゼクティヴというのは、『ザ・エージェント』のジェリーのヴァリエーションみたいな役柄ですが、彼はいつもこういう役を、実にうまく演じます。本人が抱えている問題とどこか重なるからかもしれません。激昂するような場面ではやや演劇的というか、テンションの高さが演出のリアリズムにそぐわない箇所もなきにしもあらずですが、他の役者が抑えた芝居でこの役を演じるよりは良いのかもしれません。

 気性の激しいラテン女性を演じる事も多いペネロペ・クルスはここで一転、優しくて健気なソフィアを演じていますが、実は彼女は、オリジナル作品の『オープン・ユア・アイズ』でも同じ役を演じています。本作では、彼女がクロウ流ボーイ・ミーツ・ガール物のロマンティシズムを一手に引き受けた印象。恋に落ちた女性のチャーミングな仕草や言動を、繊細に表現している所はさすがです。

 一方でラブコメのイメージが強いキャメロン・ディアスを、ストーカー的な役柄に起用しているのは面白いキャスティング。彼女は、意外に冷ややかな風貌というか、何かしら恐ろしさを秘めたルックスをしていて、物悲しげな陰りを帯びた彼女の演技を見ていると、とてもラブコメでブレイクした人とは思えない感じがしてくる所、クロウ監督の人間観察力が窺えます。

 弁護士のマッケイブを演じているのは、ベテランのカート・ラッセル。彼は、『あの頃ペニー・レインと』でブレイクしたケイト・ハドソンのお父さんでもあります。役としてはやや中途半端な印象ですが、これは彼のせいというより、台本に問題があるように思います。又、主人公の部下に『スウィーニー・トッド』などアクの強い役が多いティモシー・スポール、最後に登場する某会社(ネタバレ注意)の社員に演技派女優ティルダ・スウィントンと、通好みの配役がなされています。

 前作『あの頃ペニー・レインと』からはジェイソン・リー、ノア・テイラーが続投。前者は主人公の親友、後者は事態の鍵を握る謎の男を演じています。又、パーティの場面ではスティーヴン・スピルバーグ監督が(恐らく本人役で)ちらっと登場するので、要注目です。

* アカデミー賞

ノミネート/歌曲賞(ポール・マッカートニー)

 

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