15歳でローリング・ストーンズの記者となったキャメロン・クロウの自伝的映画。彼は本作でアカデミー脚本賞を受賞しました。勿論完全なノン・フィクションではないですが、ペニー・レインは実在する人物で、評論家レスター・バングスも実際にクロウにとって師匠だったとの事。作品全体も青春の躍動ときらめきに溢れていて、クロウらしい素敵な映画となりました。レッド・ツェッペリンをはじめ様々なアーティストのツアーに同行した記者時代の彼の体験は、多くが本作に生かされています。 多彩なキャラクターが入り乱れる群像劇でありながら、散漫に陥らず、あくまでウィリアムの物語に集約しているのは脚本に時間をかけるクロウらしい所。人物配置は非常に入り組んでいて、まず主人公ウィリアムがいて、取材相手のロック・バンド、スティル・ウォーターのメンバーとその関係者、さらにペニー・レイン率いるバンド・エイドのグループがあります。そしてウィリアムに外から(電話で)繋がっている人達がレスター・バングス、母親、ローリング・ストーン誌の編集部という図式。複雑です。 それぞれ独立したこれらのグループを有機的に一つの物語に統合できるのは、クロウが非凡な脚本家であるだけでなく、やはり自らの記憶に基づいた、自分のストーリーを語っているからでしょう。それに、何と言ってもキャスティングが素晴らしい。適材適所というのか、これだけ個性的な俳優を集めておきながら、アンサンブルとしての強度に微塵も脆さが感じられない。 他のクロウ作品がそうであるように、本作も人と人との関係性、その繋がりを描くドラマだと言えます。それはウィリアムと母、ウィリアムと姉、ウィリアムとバングス、ウィリアムとペニー・レイン、ウィリアムとスティル・ウォーターの関係でもあるし、時にはバンド内の対立や葛藤だったり、母と姉の対立だったり、ギタリストのラッセルとペニー・レインの恋愛関係だったりもします。 そこでクロウが重点を置くのは、彼らの中にあるナイーヴで善良な部分、他人に対して心を開き、受け入れようとする部分。彼らは、普通の映画の登場人物よりもほんの少しだけ深く、細やかに、他人の事を気に掛けている訳です。これを日本流にウェットに強調すると『君に届け』みたいな胸キュン映画になるのでしょうが、そこはあくまでもさりげない。 例えば、姉アニタのウィリアムへの関わり方はどうでしょう。家を出てゆく時、弟にロックのレコードを託したアニタ。「いつか目覚めるわ。ベッドの下で“自由を見つけて”」とメッセージを残し、弟のベッドの下にありったけのレコードを隠した彼女は、それが弟の世界を開く鍵になると知っていたのでしょうか。そして数年後、傷つき、疲弊した弟の姿に驚き、彼のために思い切って実家に帰る彼女。さりげないけれど、深い愛情ですね。 バンド・エイドの女の子達も、レスター・バングズも、実はウィリアムの事を、少しずつ気に掛けている事が分かります。これはクロウ自身がそうだったからで、彼は本作について「親身になって話しかけてくれた人々に対する、僕という存在に触れてくれてありがとうというお礼のつもりなんだ。母親、大好きなバンドの連中、姉、そして愛について少しばかり教えてくれた女の子達。彼らのような忘れ難い人々に、感謝と親愛のキスを贈るつもりで描いた物語だ」と述べています。 そうは言っても勿論、人物がみな美化されて描かれている訳ではありません。まあバンド内のゴダゴタは、才能があってルックスも良いギタリストが実質的なフロントマンで、ヴォーカリストが不満を持っているとか、よく聞く低レヴェルな確執だったりするのですが、面白いのはむしろ、記者であるウィリアムとバンドのメンバーの距離感が、経験した者にしか分からないリアルな視点で描かれている所です。 師匠のバングスが危惧した通り、ウィリアムはバンドと個人的に親しくなりすぎ、友人として遇される一方で、記者として警戒されるというジレンマに陥ります。相手を知れば知るほど、客観的には書けなくなってくる。内幕を知っても、書くなと釘を刺される。駆け出しのライターとしては危うい立場に置かれる彼ですが、それをしかし、致命的な人間関係の亀裂としては描かず、あくまで挫折と成長の青春物語としている所に、クロウの真情が込められていると思うのです。 ちなみに、ニューヨークのホテルの場面は、クロウが敬愛するビリー・ワイルダー監督の『アパートの鍵貸します』で、シャーリー・マクレーンが睡眠薬を多量摂取するくだりと状況も場面展開もそっくり。同時期にインタビュー本を出した事もありますし、これはワイルダーへのオマージュなのかもしれません。 それにしても音楽の力とは凄いもので、紆余曲折あって傷付けあった人達が一台のバスに乗り合わせていても、誰からともなく歌い出した曲に全員の声が合わさった途端、全てが許され、解決したように見えてしまうのは不思議という他ありません。クロウ監督はこの力、音楽が人の心を結びつけるマジックを描くために、この素敵なシーンを入れたのかもしれませんね。 |