あの頃ペニー・レインと

Almost Famous

2000年、アメリカ (124分)

2002年、特別編集版 (162分)

         

 監督:キャメロン・クロウ

 製作:キャメロン・クロウ、イアン・ブライス

 共同製作:リサ・スチュワート、ジェリー・ジースマー

      スコット・M・マーティン、スティーヴン・P・サエタ

      マーティン・P・エウィング

 脚本:キャメロン・クロウ

 撮影監督 : ジョン・トール , A.S.C.

 美術監督:クレイ・A・グリフィス、クレイトン・R・ハートリー 

 衣装デザイナー:ベッツィ・ハイマン

 編集 :ジョー・ハットシング、サー・クライン

 音楽:ナンシー・ウィルソン

 出演:パトリック・フュジット  ケイト・ハドソン

     ビリー・クラダップ  ジェイソン・リー

     アンナ・パキン   フランシス・マクドーマンド

     ノア・テイラー   フィリップ・シーモア・ホフマン

     ズーイー・デシャネル  ファイルザ・バーク

     テリー・チェン  

* ストーリー 

 厳格な母に育てられ、自分でも知らぬ間に年齢をプラスされて飛び級で学校に通っていた優等生ウィリアム。母への反発から家を飛び出した姉は、彼に数々のロック・アルバムを託して去っていった。数年後、筋金入りのロック・ファンとなったウィリアムは、伝説の音楽評論家レスター・バングスと出会い、地元紙のライターに採用される。あるきっかけから、彼が愛するスティルウォーターというバンドに密着し、取材を行う事になるが、そこでペニー・レインと名乗る不思議な少女と出会う。

* コメント    

 15歳でローリング・ストーンズの記者となったキャメロン・クロウの自伝的映画。彼は本作でアカデミー脚本賞を受賞しました。勿論完全なノン・フィクションではないですが、ペニー・レインは実在する人物で、評論家レスター・バングスも実際にクロウにとって師匠だったとの事。作品全体も青春の躍動ときらめきに溢れていて、クロウらしい素敵な映画となりました。レッド・ツェッペリンをはじめ様々なアーティストのツアーに同行した記者時代の彼の体験は、多くが本作に生かされています。

 多彩なキャラクターが入り乱れる群像劇でありながら、散漫に陥らず、あくまでウィリアムの物語に集約しているのは脚本に時間をかけるクロウらしい所。人物配置は非常に入り組んでいて、まず主人公ウィリアムがいて、取材相手のロック・バンド、スティル・ウォーターのメンバーとその関係者、さらにペニー・レイン率いるバンド・エイドのグループがあります。そしてウィリアムに外から(電話で)繋がっている人達がレスター・バングス、母親、ローリング・ストーン誌の編集部という図式。複雑です。  

 それぞれ独立したこれらのグループを有機的に一つの物語に統合できるのは、クロウが非凡な脚本家であるだけでなく、やはり自らの記憶に基づいた、自分のストーリーを語っているからでしょう。それに、何と言ってもキャスティングが素晴らしい。適材適所というのか、これだけ個性的な俳優を集めておきながら、アンサンブルとしての強度に微塵も脆さが感じられない。

 他のクロウ作品がそうであるように、本作も人と人との関係性、その繋がりを描くドラマだと言えます。それはウィリアムと母、ウィリアムと姉、ウィリアムとバングス、ウィリアムとペニー・レイン、ウィリアムとスティル・ウォーターの関係でもあるし、時にはバンド内の対立や葛藤だったり、母と姉の対立だったり、ギタリストのラッセルとペニー・レインの恋愛関係だったりもします。

 そこでクロウが重点を置くのは、彼らの中にあるナイーヴで善良な部分、他人に対して心を開き、受け入れようとする部分。彼らは、普通の映画の登場人物よりもほんの少しだけ深く、細やかに、他人の事を気に掛けている訳です。これを日本流にウェットに強調すると『君に届け』みたいな胸キュン映画になるのでしょうが、そこはあくまでもさりげない。

 例えば、姉アニタのウィリアムへの関わり方はどうでしょう。家を出てゆく時、弟にロックのレコードを託したアニタ。「いつか目覚めるわ。ベッドの下で“自由を見つけて”」とメッセージを残し、弟のベッドの下にありったけのレコードを隠した彼女は、それが弟の世界を開く鍵になると知っていたのでしょうか。そして数年後、傷つき、疲弊した弟の姿に驚き、彼のために思い切って実家に帰る彼女。さりげないけれど、深い愛情ですね。

 バンド・エイドの女の子達も、レスター・バングズも、実はウィリアムの事を、少しずつ気に掛けている事が分かります。これはクロウ自身がそうだったからで、彼は本作について「親身になって話しかけてくれた人々に対する、僕という存在に触れてくれてありがとうというお礼のつもりなんだ。母親、大好きなバンドの連中、姉、そして愛について少しばかり教えてくれた女の子達。彼らのような忘れ難い人々に、感謝と親愛のキスを贈るつもりで描いた物語だ」と述べています。

 そうは言っても勿論、人物がみな美化されて描かれている訳ではありません。まあバンド内のゴダゴタは、才能があってルックスも良いギタリストが実質的なフロントマンで、ヴォーカリストが不満を持っているとか、よく聞く低レヴェルな確執だったりするのですが、面白いのはむしろ、記者であるウィリアムとバンドのメンバーの距離感が、経験した者にしか分からないリアルな視点で描かれている所です。

 師匠のバングスが危惧した通り、ウィリアムはバンドと個人的に親しくなりすぎ、友人として遇される一方で、記者として警戒されるというジレンマに陥ります。相手を知れば知るほど、客観的には書けなくなってくる。内幕を知っても、書くなと釘を刺される。駆け出しのライターとしては危うい立場に置かれる彼ですが、それをしかし、致命的な人間関係の亀裂としては描かず、あくまで挫折と成長の青春物語としている所に、クロウの真情が込められていると思うのです。

 ちなみに、ニューヨークのホテルの場面は、クロウが敬愛するビリー・ワイルダー監督の『アパートの鍵貸します』で、シャーリー・マクレーンが睡眠薬を多量摂取するくだりと状況も場面展開もそっくり。同時期にインタビュー本を出した事もありますし、これはワイルダーへのオマージュなのかもしれません。

 それにしても音楽の力とは凄いもので、紆余曲折あって傷付けあった人達が一台のバスに乗り合わせていても、誰からともなく歌い出した曲に全員の声が合わさった途端、全てが許され、解決したように見えてしまうのは不思議という他ありません。クロウ監督はこの力、音楽が人の心を結びつけるマジックを描くために、この素敵なシーンを入れたのかもしれませんね。

* 特別編集版

 本作はDVD発売時に、特別編集版が製作されています。これが5分や10分の違いなら看過できるのですが、当バージョンは劇場公開版より38分も長く、ここまで来るともう別の映画と言わざるを得ません。バンドのラジオ出演やペニーの誕生日、ウィリアムが姉の恋人と喋る場面など、シーン全体が追加挿入されている所はさほど重要とも思われない一方、元々存在するシーンで一部がカットされているケースでは、印象が大きく異なってきます。

 例えば、ラッセルやバンドのメンバーが心情を吐露する場面や、自殺騒ぎの後にペニーが本名を明かす場面(オチがあります)は本来必要なんじゃないかと思えますし、劇場公開版で芝居の流れが突飛だったり、何となく説明不足の感じで次に繋がっていた場面は、実はもっと長く、重要なセリフや会話がカットされていた事が分かります。それに、アンナ・パキン演じるポレクシアを始め、幾つか場面が復活した事で存在感を増すキャラクターもいるような。

 結局はこれらの割愛場面を“含み”と取るか“欠落”と取るかですが、私個人の印象では、劇場公開版はかなり食い足りない、不完全な映画と言わざるを得ません。全ての映画は2時間以内に収めるべきだと思っている私ですが、本作に関しては特別編集版を全面的に支持します。少なくとも、これほど印象の違う二つのバージョンが存在するのなら、ブルーレイ・ソフトにも両バージョンを収録すべきでしょう。ちなみに、監督の見解は次の通り「この特別編集版は私の夢でした。登場人物といくつかのシーンに、ちょっとした遊び心や更なる深みを与える事が出来たのです」。

* スタッフ

 本作はドリームワークスで製作されていて、スピルバーグ派閥のイアン・ブライスがプロデューサーに付いています。さらにクロウ自身もプロデュースを兼任している他、前作に続いてリサ・スチュワートが共同製作者にクレジット。クロウ作品常連の第1助監督ジェリー・ジースマーも、共同製作者を兼任しています(今回はチョイ役出演をしなかったのか、出演者の所には名前が見当たりません)。

 撮影監督のジョン・トールは初参加。二度もアカデミー賞を受賞している上、フランシス・コッポラやテレンス・マリックなど、寡作で個性的な監督と組む事が多い人です。この後『バニラ・スカイ』『エリザベスタウン』も担当しており、現在の所、複数のクロウ作品に参加している唯一のシネマトグラファー。本作の映像は正にクロウ好みというか、ヤヌス・カミンスキーが撮影した前作を引き継いだような、繊細で柔らかなタッチの映像美が印象的。夕暮れ時の光をブルーで表現しているのも独特です。

 本作ではいかな理由からかプロダクション・デザイナーが設定されておらず、美術監督として過去のクロウ作品でセット装飾や美術を担当した二人、クレイ・グリフィスとクレイトン・ハートリーを起用。ロケーションには監督の思い出の場所が使用されており、実際にレスター・バングスと歩いた道やツアーで宿泊したホテルに撮影隊を連れてゆくのは特別な経験だったとの事。編集は、前作に続いてジョー・ハットシングが担当。

 音楽監修のダニー・ブラムソン、スコア作曲のナンシー・ウィルソンはいつも通り。架空のバンド、スティルウォーターの楽曲はオリジナルで、大半がクロウとナンシー・ウィルソンの夫婦共作で書かれています。ナンシーはギターも演奏していて、さらに、パール・ジャムのマイク・クリーディーのギターが全曲にフィーチャーされているのも豪華仕様。

 演奏技術やステージ・パフォーマンスのコンサルタントは、クロウが少年記者だった頃から付き合いがあるピーター・フランプトン。バンドのメンバーを演じる俳優達には演奏の経験が全くなかったそうですが、フランプトンの指導によって驚異的な上達スピードを見せたそうで、劇中では堂々たるステージを披露しています。

* キャスト

 主演のパトリック・フュジットは、子役や新人のキャスティングでよくあるように、オーディションを重ねても適役が見つからず、最後の最後でやっと出会った逸材との事。『ザ・エージェント』のジョナサン・リプニツキーに勝るとも劣らぬ卓越したキャスティングです。彼はしかし、純真な感じのルックスではありますが、声が低く態度も落ち着いていて、芝居は比較的しっかりしています。中身は大人、という感じかもしれません。クロウ作品では後に『幸せへのキセキ』にも出演。

 ペニー・レインを演じたケイト・ハドソンは、次作『バニラ・スカイ』に出ているカート・ラッセルと名女優ゴールディ・ホーンの娘で、本作が出世作となりました。キャメロン・クロウはこういう表情豊かな女優から、生気に溢れた演技を引き出すのが本当にうまい。彼女について、クロウはこう語っています「キャメラを回しっぱなしに出来るのが凄い。笑って泣いて、また笑って、感情のうねりを一気に見せるんだ」。

 主人公を巡る人々がみんな生き生きしているのはクロウ作品の常です。過保護で厳格で、それでも子供達への深い愛情によって憎めないキャラクターに造形されているウィリアムの母を演じるのは、コーエン兄弟の作品でお馴染みのフランシス・マクドーマンド。癖の強い監督と組む事が多いせいか、こういう役柄は珍しい印象がありますが、一度観てしまうと彼女以外には考えられなくなる程の適役。又、姉アニタを、後にシャマラン監督の『ハプニング』で好演したズーイー・デシャネルが演じています。

 バンドのメンバーは、フロントマンとして中核を担うギタリストに、『スリーパーズ』『ビッグ・フィッシュ』のビリー・クラダップ。全体的に抑制の効いた演技ですが、個性派監督の作品に相次いで出演しているだけあって、実力派らしい存在感を示します。ヴォーカリスト役のジェイソン・リーは、人なつこいルックスと笑顔がクロウ作品らしい好印象で、次作『バニラ・スカイ』にも起用されました。

 バンドのマネージャーを演じるノア・テイラーも特徴的なルックスで、やはり『バニラ・スカイ』に再登板。又、バンド・エイドの一人ポレクシアを演じるのは、『ピアノ・レッスン』でデビューして史上最年少のアカデミー賞受賞者となったアンナ・パキン。評論家レスター・バングスは、カメレオン俳優フィリップ・シーモア・ホフマンが持ち前の多彩な表現力で見事に演じています。

* アカデミー賞

受賞/脚本賞

ノミネート/編集賞、助演女優賞(フランシス・マクドーマンド、ケイト・ハドソン)

 

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