マイ・プライベート・アイダホ

My Own Private Idaho

1991年、アメリカ (106分)

 監督:ガス・ヴァン・サント

 製作総指揮:ガス・ヴァン・サント

 共同製作総指揮:アラン・ミンデル

 製作: ローリー・パーカー

 共同製作:トニー・ブランド

 脚本:ガス・ヴァン・サント

 撮影監督: ジョン・キャンベル、エリック・アラン・エドワーズ

 プロダクション・デザイナー:デヴィッド・ブリスビン

 衣装デザイナー:ベアトリクス・アルナ・パスツォール 

 編集:カーティス・クレイトン

 サントの助手、追加スチール撮影:スコット・パトリック・グリーン

 セット・デコレイター:メリッサ・スチュワート

 出演:リヴァー・フェニックス  キアヌ・リーヴス

    ジェームズ・ルッソ  ウィリアム・リチャート

    ロドニー・ハーヴェイ  キアラ・カゼッリ

    ジェシー・トーマス  マイク・パーカー

    フリー  トム・トループ

    ウド・キアー  ジェームズ・カヴィーゼル

    スコット・パトリック・グリーン

* ストーリー 

 ストリート・キッズのマイクは、ポートランドの街角に立ち、体を売って日々を暮らしているが、緊張を感じると眠ってしまうナルコレプシーという持病があった。そんなマイクは、ポートランド市長の息子でありながら、家を飛び出し、やはり男娼をして生きている親友スコットと、自分を捨てた母を探すため、兄リチャードが暮らす故郷アイダホへと向かう。手掛かりを追ってスネーク・リバーからイタリアまで旅するマイクだが、ローマでは、スコットと自分が進む道の決定的な違いを知らされる。

* コメント  

 『ドラッグストア・カウボーイ』に続き、サントの名を映画ファンに知らしめた作品。監督が言及している通り、ストーリーの一部にシェイクスピアの戯曲『ヘンリー四世』の設定を組み込んでいて、本作のボブとスコットの関係は、騎士ファルスタッフとハル王子のそれにそのまま重なります。行動を共にしていたボブ一味を帰り道で巻いたマイクとスコットが、変装して彼らを脅し、獲物を奪うエピソードは、シェイクスピアの戯曲をそのままなぞったもの。

 母親を探して旅をするロード・ムービーですし、マイクがスコットに気持ちを打ち明ける所、ボブが他界してスコットが別人に生まれ変わる所、マイクの父親が判明する所など、ドラマティックな要素は随所に散りばめられているにも関わらず、全体の印象としては「どこにも行けない」「どこにも居場所がない」所在なさ、停滞の感覚が支配的で、マイク自身の状況は、映画の最初と最後でほぼ変わらない(むしろ喪失によって、より損なわれる)ようにも見えます。

 パートナーとどんどん距離が空いてゆく感覚は、淡々とした描写の中にもある種の痛みを伴って共感を誘いますが、そもそもの始めから、スコットが市長の息子である事は明かされており、本人の口からも「時期がきたら生まれ変わる。いったん放蕩息子になって戻ってきた方が親は喜ぶんだ」と、現在の生き方が一時的なものである旨が告白されています。ラストの転身は、マイクにとっても予想されうる展開であったと言えるでしょう。

 雲が高速で流れるイメージ映像(本作ではシャケが川を遡る映像も)や遠くまで真っすぐ伸びた道など、サント作品のトレードマークと言えるモティーフは、本作においても大々的に展開されますが、イタリアのエピソードは、サント作品としては珍しい雰囲気。『パリ、ジュテーム』のような例外もありますが、サント作品の舞台はほぼ出身地のポートランドかアメリカ国内ばかりなので、ヨーロッパの風景は稀少です(作風には合っているので、今後もやって欲しいです)。ラブ・シーンを俳優の動きによるストップ・モーションで表現する(キャメラは動かしたまま)ような実験的手法はサントらしい所。主人公達が雑誌の表紙になって会話するという、ファンタジー風のユーモラスな場面もあります。

 ちなみに本作、公開前の無料試写会に当選した私は、大阪のとある劇場に観に行ったのですが、終った途端に、客席から「意味がよう分からん」と不満の声が上がったのを鮮明に記憶しています。今の目で見れば、特に難解な所はない映画だと思うのですが、まだテレビの深夜映画枠やアート系の単館劇場が元気だったその当時から既に、象徴的な描写や、説明を省いた語り口は受け入れられにくかったんだなと、振り返って思います。

* スタッフ

 製作のローリー・パーカーは、『ドラッグストア・カウボーイ』の製作に参加してサントと意気投合。独立して立ち上げたプロダクションで、本作品に取組みました。次作『カウガール・ブルース』も手掛けています。脚本はサントのオリジナル。

 撮影は初期サント作品の撮影を担っているサントの古い仲間、ジョン・キャンベルとエリック・アラン・エドワーズが共同で担当しています。プロダクション・デザインは、『ドラッグストア・カウボーイ』に続いてデヴィッド・ブリスビン。後にサント作品のプロダクション・デザイナーとなるメリッサ・スチュワートが、セット・デコレイターで参加しています。衣装のベアトリクス・アルナ・パスツォール、編集のカーティス・クレイトンも初期サント作品の常連スタッフ。

* キャスト

 リヴァー・フェニックスは本作の公開当時、既に若くして大スターでしたが、イメージを覆す役柄に挑戦した本作は代表作の一つとなりました。しかし企画が持ち込まれた当初は難色を示し、出演を決意するまでに一か月を要したそうです。内面が複雑な割に口数の少ないキャラクターなので、図抜けた演技力とルックスを持ち合わせる彼でなければ、リアリティを獲得できなかったかもしれませんね。

 逆に、キアヌ・リーヴスはまだスターになる前の出演。既に『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』でリバー・フェニックスと共演していて、私生活でも兄弟の契りを交わすほどの大親友だったとの事。リヴァーは、「キアヌ以外とだったら、この映画には出演しなかった」とまで語っています。こちらも、二面性を見せる複雑な役柄ですが、端正なルックスにも関わらずヒーローも悪役も見事に演じられるキアヌだけあって、素晴らしい表現力で作品を支えています。サント作品では、『カウガール・ブルース』にも出演。

 シアトルのゲイ・グループのリーダーを、ユーモラスかつ痛々しく演じているのは、ウィリアム・リチャート。彼は、リバー・フェニックス主演の『ジミー/さよならのキスもしてれくれない』で原作、脚本、監督を務めた人物です。主人公の兄を演じるのは、『コットンクラブ』『ビバリーヒルズ・コップ』などの実力派バイプレイヤー、ジェームズ・ルッソ。ダリオ・アルジェントやニール・ジョーダン、ブライアン・デ・パルマ、ロマン・ポランスキーと、アクの強い個性派監督に起用される事が多い役者さんです。

 ローマのシーンに登場するキアラ・カゼッリは、アントニオーニの『愛のめぐりあい』、タヴィアーニ兄弟の『フィオリーレ/花月の伝説』、アルジェントの『スリープレス』など、イタリアの有名監督の映画ではよく目にする女優ですが、アメリカ映画は初出演だったそうです。男娼客のウド・キアーも、欧米の映画では度々目にする名俳優。彼がホテルの部屋でランプを使ってパフォーマンスをする場面は出色で、顔を下から照らすライトによって、正にドイツ表現主義的な画になっている所は、パロディ精神なのか偶然なのか。

 ゲイのグループの中にレッド・ホット・チリ・ペッパーズのベーシスト、フリーがいる他、イタリア人のチケット販売員役でジェームズ(ジム)・カヴィーゼルがデビューしています。彼はこれが初オーディションだったそうですが、後にテレンス・マリック監督の『シン・レッド・ライン』で脚光を浴び、『G.I.ジェーン』『オーロラの彼方へ』『モンテ・クリスト伯』など主役級のキャスティングが連続。『パッション』ではイエス・キリストを演じるなど、大成しました。サントの古い友人スコット・パトリック・グリーンは、カヴァーボーイの一人とカフェ・キッズの一人で出演し、監督の助手とスチール撮影も務めています。

 

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