サイコ

Psycho

1998年、アメリカ (104分)

 監督:ガス・ヴァン・サント

 製作総指揮:ダニー・ウルフ

 製作: ブライアン・グレイザー、ガス・ヴァン・サント

 共同製作:ジェームズ・ウィテッカー

 脚本:ジョセフ・ステファーノ

 (原作:ロバート・ブロック)

 撮影監督: クリストファー・ドイル, H.K.S.C.

 プロダクション・デザイナー:トム・フォーデン

 衣装デザイナー: ベアトリクス・アルナ・パスツォール

 編集:エイミー・ダドルストン

 音楽:バーナード・ハーマン

 (アダプト:ダニー・エルフマン、スティーヴ・バーテク)

 リレコーディング・ミキサー:レスリー・シャッツ

 出演:ヴィンス・ヴォーン  アン・ヘシュ

    ジュリアン・ムーア  ヴィゴ・モーテンセン

    ウィリアム・H・メイシー  ロバート・フォスター

    フィリップ・ベイカー・ホール  チャド・エヴェレット

    ランス・ハワード  リタ・ウィルソン

    ジェームズ・レマー  ジェームズ・レグロス

    フリー

* ストーリー 

 恋人との結婚を望むマリオンは、会社の大金を横領して町を出る。豪雨の中、彼女は人里離れたモーテルに宿を求めるが、そこはノーマン・ベイツという青年が、年老いた母親の面倒を見ながら一人で経営しているさびれたモーテルだった。

* コメント  

 ヒッチコックの名作スリラー、『サイコ』のリメイク版。元の脚本、元のキャメラワークをそのままリメイクに使ったというので、話題を呼ぶと同時に随分批判もされた作品ですが、私は、オリジナルを遥かに下回るひどいクオリティで全く違う作品に刷新した凡百のリメイク映画に較べれば、遥かに鋭利なエッジの効いた、独自の視点で構築した作品だと思います。そもそも、元の形をそのままなぞったからといって、誰もがこんなに力のあるカットを撮れる訳でもなければ、誰もがこんなに緊密な、迫力に満ちたシーンを構成できる訳でもありません。

 映画会社のミーティングの際、リストと脚本を貰う企画の中に、必ずリメイクが2本くらい入っている事に気付いていたサントは、「どうせなら『サイコ』を」と提案。「設定は現代でカラー、ただしセリフとショットは変えない事」という条件を飲んで引き受けたサントですが、このルールにまずスタッフが付いてこれなくなります。「同じにしろ」というサントに、彼ら曰く「どのショットも? いつまでやれるか分かりませんよ」。一方で俳優には、「脚本は同じだが自分自身の演技を、物真似ではなく、その役を演じて欲しい」と指示したそうです。

 サント自身の言によれば、独自の解釈を施したシーンはあるものの、95%はオリジナル通りという事で、逆にそう見えない所がサントの凄さでもあり、またオリジナルの凄さでもあります。言葉遣いは、オリジナルの脚本家ジョセフ・ステファーノによって現代風に直され、当時と世情が違うセリフなども時代に合うよう修正。何より本作は、脇役に至るまでキャストの豪華さが尋常ではなく、彼らの並外れた表現力と鉄壁のアンサンブルをもってすれば、それだけでも単なる物真似に終わる筈はありません。

 特にアン・ヘシュの、はっとさせられるような繊細な佇まいに至っては、大抵の観客にとってその行く末が知れているだけに、一瞬たりとも目が離せないようなはかなさがあります。演技派を集めているだけあって、俳優陣の存在感は強靭ですが、それによってドラマの強度も上がった印象。アンソニー・パーキンスの個性が突出していたヒッチコック版とは違って、役者のアンサンブルでじわじわと盛り上げてゆく有機的な迫力を感じます。モーテルでの、ベイツとマリオンの会話が緊張の度合いを増し、おかしな方向へ逸れてゆく辺りのスリルは、正に現代的な演技プランの成果と言えるでしょう。

 映像面でも、例えば冒頭の空撮は、オリジナル版だと窓枠までですが、本作では部屋の中にキャメラが入ってゆくなど、技術の進歩を強調。性的な描写も直接的になっているし、殺人シーンで被害者の深層意識と思しき映像がフラッシュバックするのは、サントらしい独自の表現です。色彩設計こそヴィヴィッドなカラーに変わっても、オリジナルの張りつめた緊張感と衝撃度が、いささかも減じる事なく移し替えられている所に、作り手の非凡な才気を窺わせます。

 又、天才バーナード・ハーマンが作曲したオリジナルの音楽をほぼそのまま使用する事で、これも奇才クリストファー・ドイルが撮影した90年代らしいカラー映像と相まって、斬新な不協和音を奏でている点も見逃せません。これは手法は『ケープ・フィアー』でも用いられましたが、スコセッシ監督の映像には元々クラシカルなセンスを下敷きにしている部分もあり、本作に見られるような新旧センスの乖離と、そこから生まれるユニークな対比まではなかったようにも思います。

 このリメイク全体として、企画の態度や作品そのものに漂う空気感が、映画産業による資源の再利用というより、ロックな姿勢を感じさせるアーティスティックな表現の一環に見える所が、サント作品らしい好ましさといった所。キャメロン・クロウ監督が『バニラ・スカイ』を撮った時、「リメイクというより、ミュージシャンのカバー演奏に近い」と言っていましたが、本作はその先鞭と言えるかもしれません。

* スタッフ

 製作総指揮のダニー・ウルフはCM業界で数々の個性的な監督と組んできた人。サントとは次作『小説家を見つけたら』でも組んだ後、『ジェリー』三部作や短篇映画、CM、MVと、幅広い分野でコラボしています。又、本作はイマジン・エンターティメントが提供していて、ロン・ハワード監督と同社を設立したブライアン・グレイザーが製作を担当しています。脚本は、オリジナル版を手掛けたジョゼス・ステファーノが、時代に合わせて言葉遣いや小道具のディティールを手直ししたもの。

 撮影監督のクリストファー・ドイルは、『恋する惑星』などウォン・カーウァイ監督作品で世界的に名を知られたシネマトグラファー。自らキャメラを手持ち撮影する自由なスタイルが得意な人だけに、ハリウッド流の大規模な撮影方法には抵抗を覚えた部分もあったようですが、彼にとってはそれも勉強になったのか、以後は英語圏の国でも落ち着いたタッチの作品を時々手掛けるようになりました。サントとは、後に『パラノイドパーク』でも組んでいます。

 衣装はサント組のパスツォールが引き続き担当。編集のエイミー・ダドルストンも、初期サント作品からずっと編集助手や追加編集を手掛けてきた人です。オープニング・タイトルは、才人ソウル・バスがデザインしたものを踏襲。モーテルはオリジナルの間取り図を元に建てられましたが、様式や家具は今風の物にアレンジされています。ベイツの母親は、特殊メイク界の重鎮リック・ベイカーがデザイン。犯行に使われる包丁は、どういう経緯かジョン・ウー監督が提供したものとの事。

 リーレコのミキサーは、『グッド・ウィル・ハンティング』に続いて、後にサント作品で音響デザインを担ってゆくレスリー・シャッツ。音楽は、バーナード・ハーマン作曲の有名なオリジナル・サウンドトラックを、ダニー・エルフマンがアダプトしたもの。時代に合わせてオーケストラの編成も変わり、例のシャワー・シーンの弦楽器は元の2倍の人数で演奏しているそうです。

 キャスト  *ネタバレ注意!

 ヒッチコック版でアンソニー・パーキンスが演じて強烈な印象を残したノーマン・ベイツ役は、ちょうど『ジュラシック・パーク/ロスト・ワールド』で注目されはじめた、ヴィンス・ヴォーン。より現代的な異常性を醸し出す彼が演じる事によって、大きく映画の印象が変わりました。本作がモダンに感じられるのは、カラー映像のせいでも、サントの演出のせいでもなく、ひとえに彼とアン・ヘシュが纏う、クールな空気感ゆえではないかと思います。

 実年齢がどうであれ、ヴォーンの方がパーキンスよりも若く見えるのと、細身の体型が脆弱さと神経質さを体現していたパーキンスと対照的に、ヴォーンは肉体的にむしろ頑強で、健全に見えるのが面白い所です。その分、顔の表情、特に目つきは病的な様相を呈しますが、同じ病的でもパーキンスとは真逆のタイプといった所でしょうか。

 マリオンを演じるアン・ヘシュは、当時『6デイズ/7ナイツ』や『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』で高評価を得ていましたが、彼女は逆に、豊満な体型だったオリジナル版のジャネット・リーと対照的に、華奢すぎるほどスレンダーで小柄な印象。どこか人形を思わせるルックスも画面をモダンにしていて、そこにベイツの性的な指向が投影されているようにも見えます。オリジナル版同様、大金を持ち逃げするタイプに見えない女優を起用している点も、映画の衝撃度を増して効果的。

 周辺人物のキャスティングもユニーク。マリオンの姉に『ジュラシック・パーク/ロスト・ワールド』でヴォーンと共演(本作では共演場面なし)したジュリアン・ムーア、マリオンの恋人役に『G.Iジェーン』やこれもヒッチコック作品のリメイク『ダイヤルM』のヴィゴ・モーテンセン、刑事役に名バイプレイヤーのウィリアム・H・メイシー、隣人にこれも『マグノリア』等の名優フィリップ・ベイカー・ホール、マリオンの上司にロン・ハワード監督の父ランス・ハワード、同僚にトム・ハンクスの妻リタ・ウィルソン。

 サント組では『ドラッグストア・カウボーイ』に出ていた二人、ジェームズ・レマーとジェームス・レグロスも出演。前者はパトロールの警官、後者はカー・ディーラーの役で出ています。『マイ・プライベート・アイダホ』に出ていたレッド・ホット・チリ・ペッパーズのベーシスト、フリーも、頭の弱そうな店員の役で少しだけ顔を見せています。

 

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