エレファント

Elephant

2003年、アメリカ (81分)

 監督:ガス・ヴァン・サント

 製作総指揮:ダイアン・キートン、ビル・ロビンソン

 製作: ダニー・ウルフ

 共同製作:JT・ルロイ、ジェイ・ヘルナンデス

 脚本:ガス・ヴァン・サント

 撮影監督: ハリス・サヴィデス, A.S.C.

 編集:ガス・ヴァン・サント

 音響デザイナー:レスリー・シャッツ

 スチール撮影:スコット・グリーン

 出演:ジョン・ロビンソン  アレックス・フロスト

    エリック・デューレン  イライアス・マッコネル

    ティモシー・ボトムズ  レイ・モンジュ

* ストーリー 

 学校に遅刻して来たジョン、校内で撮影して回る写真部のイーライ、アメフト部のネイサンとガールフレンド、図書室の仕事を手伝う冴えない女子ミシェル、カフェテリアでダイエットの話に夢中の女の子三人組。いつもと同じ平凡な日常の中、突然事件が起こる。

* コメント  

 カンヌ国際映画祭で史上初のパルムドールと監督賞をダブル受賞を果たし、他にも各国の様々な賞に輝いた本作。99年にコロラドのコロンバイン高校で起きた、学生による銃乱射事件をモティーフにしながら、舞台や事件詳細を独自に設定し、高校生達の等身大の姿をみずみずしい感性で活写しています。いわゆる実話を元にしたドラマではありません。撮影も、久しぶりにサントの故郷ポートランドにある高校で行われています。

 81分という短い映画で、近年珍しいスタンダード・サイズで撮影。メイキング映像を見る限りではビデオカメラも使用している様子です。俳優のほとんどは演技経験のない普通の高校生、芝居も全てアドリヴという事で、キャメラ・ワークもどことなく即興的です。キャメラは校内を歩き回る学生達に密着し、廊下を移動してゆく生徒の背中を長回しで延々と追う事もしばしば。これは前作『ジェリー』で展開されたスタイルで、この後『ラストデイズ』や『パラノイドパーク』にも、一部継承されています。

 ストーリーと呼べるほど明確な筋書きはなく、校内で惨劇が起こるまでの様々な学生達の日常を、繊細なタッチでスケッチ風に描いていますが、この監督らしい実験精神が現れているのは映画の構成。各々の学生達の日常がクロスする様を、時間軸を前後させながらそれぞれの人物やグループの視点で描写しているので、同じ場所で起こった同じ出来事を別々な人物の視点で描いた上、そこから別のグループの描写に入っていったりします。 

 映像にどこかアーティスティックな雰囲気が漂うのは、被写界深度が非常に浅く設定されていて、背景が極度にボケている場面が多いせいでしょうか。この映像は、自意識が最も強い時期にある若者達の、その了見や視界の狭さを、実に視覚的に表現しています。登場人物はみな自分の世界を中心に生きていて、周囲の光景はあまり見えていない。ドキュメンタリックなタッチを基調としながら、キャメラは秋の風景や室内の光を非常に美しく捉えていますが、そんな美しい日常の中にも悲劇は突然起こりうる、そういう恐ろしさを同時に伝えてもいます。

 コロンバイン高校の事件は、大抵の人はニュースで見聞しただけでしか知らないわけですが、ある日突然射殺されることになる教師や生徒達、そして凶行に及んだ二人の少年が、事件が起きるまでどうやって過ごしていたかを(あくまで仮説としてでも)見せられる事で、いやが上にも事件の恐ろしさや不条理性、そして日常生活のかけがえのない重みを目前に突きつけられる思いです。犯人二人がいじめられている描写はありますが、具体的な犯行動機に関して作り手は何ら解釈を提示しておらず、観る人によって様々な受取り方ができる作品になっています。それでいいと思います。

 スタッフ/キャスト

 女優ダイアン・キートンが製作総指揮を担当していますが、これは、題材が題材だけに多くの映画会社が尻込みしたのに対し、キートンが協力を申し出たためです。スタッフは小編成で、監督自ら編集も行うなど、インディペンデント出身らしい低予算で自由な映画作りの姿勢が垣間見えます。撮影のハリス・サヴィデスは『小説家を見つけたら』に続き、この『ジェリー』三部作で展開した長回しの映像スタイルは、広く世に知られる事となりました。早世が悔やまれますが、サント作品には『ミルク』『永遠の僕たち』にも参加しています。

 音楽は既成曲のみで、ベートーヴェンの《月光ソナタ》や《エリーゼのために》が効果的に使用されていますが、音響デザイナーに三部作共通のレスリー・シャッツを起用。ネイサンが校庭から校舎へ向かう場面では、サント作品に出演もしているビート作家ウィリアム・S・バロウズによる、自作『裸のランチ』の朗読が、ベートーヴェンの合間に流れています(これは、バロウズが好んで朗読する一節とのこと)。

 俳優は大人の役者3名だけがプロ(『マラノーチェ』のレイ・モンジュも出演)で、後は普通の高校生達をオーディションで採用(全員実名で出演しています)。演技しているとはとても思えない彼らの自然な会話や佇まいは、悲劇的な結末をより衝撃的に際立たせる結果を生んでいます。若者の脆さを描いては定評のあるサントですが、アイデアの枯渇や続編物の氾濫で閉塞感も漂うハリウッドをよそ目に、こんなにフレッシュで斬新な映画製作を行なえるとは、まだまだアメリカ映画にも可能性がありますね。写真家志望の学生を演じたイライアス・マッコネルは、後にサントの短篇『マレ地区』にも出演。

 

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