ラストデイズ

Last Days 

2005年、アメリカ (97分)

 監督:ガス・ヴァン・サント

 製作: ダニー・ウルフ

 共同製作:ジェイ・ヘルナンデス

 脚本:ガス・ヴァン・サント

 撮影監督: ハリス・サヴィデス, A.S.C.

 衣装デザイナー:ミッシェル・マットランド

 音楽コンサルタント: サーストン・ムーア

 編集:ガス・ヴァン・サント

 スチール撮影:スコット・グリーン

 音響デザイナー:レスリー・シャッツ

 特別協力:アン・ロス

 出演:マイケル・ピット  ルーカス・ハース

    アーシア・アルジェント  スコット・グリーン

    ニコール・ヴィシャス  キム・ゴードン

    リッキー・ジェイ  ライアン・トライオン

    ハーモニー・コリン  タデウス・A・トーマス

* ストーリー 

 カリスマ的な人気を誇るロック・ミュージシャン、ブレイクは、麻薬のリハビリ施設を脱走し、森の中で野宿して、翌朝森の中にひっそりと立つ彼の別荘へ戻ってくる。業界関係者や家族はブレイクの行方を探し、正気に戻らせようと奔走するが、別荘に居候している彼の取り巻き連中は、淡々と彼を放っておくばかり。りで誰もブレイクの心の叫びに耳を傾けることなく、彼は終末へと向かっていく。

* コメント  

 グランジ・ロックの伝説的バンド“ニルヴァーナ”の中心人物、カート・コバーンの死にインスパイアされた小品。コバーンは人気絶頂時の94年、妻コートニー・ラヴとの間に娘が生まれたばかりだったにも関わらず、自宅のバスルームでライフルによって自ら命を絶ちました。本作は、コバーンその人を描いた作品ではなく、彼と似た境遇のミュージシャンが自殺するまでの2日間を描写する事で、その苦悩と孤独について考察しています。

 前作『ジェリー』『エレファント』と同様、実話からインスパイアされ、小編成スタッフと即興的な手法で“死”について取り組んだ事でこれらは三部作と捉えられていますが、撮影スタイルだけでなく、映画に底流するムードや感情に関しても、これら三作品には共通する何かがあります。本作は、中でも最も即興的な要素の強い作品で、自主映画に近い人数で撮影しているし、俳優の演技や撮影手法も、ほとんどフリーハンドで行われたような印象を受けます。

 その点で、本作はかなり素人っぽい仕上がりの映画に見えるかもしれません。何も起らないような長回しショットが多いし、俳優達の演技も自然体すぎて、オフ・ショットを撮影したドキュメンタリーみたいに見えます。主人公がほとんどセリフを喋らないせいもありますが、これに較べれば『エレファント』にはずっと映画的な緊張感が感じられたもので、私などは、こういう映画を最後まで集中して観るのはなかなかしんどい、というのが正直な所です。

 しかし、ここに込められた真情の深さは並大抵ではなく、ブレイクの心象風景は映画全体のムードを支配しているようにも見えます。これほど淡々とした描写の中にあっても、彼の世界と、別荘に居候している人間達の世界の間に厳然と存在する隔たりは、明瞭に示されています。周囲の人物達はブレイク本人にほとんど関心がないように見えるし、実際に誰も、彼と本質的な関わりは持っていません。画面には沈鬱な虚脱感が漂いますが、その一方で、屋敷を尋ねて来るセールスマン達など、現実的なユーモアも盛り込まれています。人生のどんな局面においても、こういう実際的な事は絶対にあると思います。

 サントが言うには、要するにこの脚本には、ニルヴァーナを始めシアトル、ポートランド発のグランジ系ロック・ムーヴメントを起こした人々が経験した事、そしてサント自身が経験した事が反映されている訳です。地元で突然メディアの注目を集め、大金を手にして大きな家を買うが、すぐにそれが馬鹿げていると気づく。地下室に住ませてくれとか、金を貸してくれといって人が尋ねてくる。外の空気を吸いに出ると、車の窓を開けて喚いてくる人がいる(サントの経験です)。

 彼はそういったエピソードを、「みんなこの地域の出来事として留めておきたかった」のだといいます。私はこの映画を、そういった地域的な特質に絡んだものとしては捉えませんでしたが、サントには、同じ地元出身のミュージシャン達や彼らを取り巻く状況に対して、単なる自分との類似性を越えた強いシンパシーがあるのでしょう。彼の頭の中には、親友だった俳優リヴァー・フェニックスの死に対する想いもあったようです。

 その点において彼は、同じくシアトル周辺のロック・カルチャーに親近感を示し、映画『あの頃、ペニー・レインと』やパール・ジャムのドキュメンタリーでもその一端を描いているキャメロン・クロウ監督と、少しスタンスが異なっています。評論家出身の視点を持ち、友人であると共に音楽ファンとしてグランジ・ムーヴメントを見つめてきたクロウとは違い、サントはもっと内側の深い所からくる、自分との同質性に根ざした彼らへの共感を抱えているように感じます。

 それにしても、一見インディペンデント映画っぽい本作に関わっている人達は、豪華というか、実に多彩な顔ぶれです(三部作で本当に独立系作品なのは『ジェリー』だけで、本作と『エレファント』はHBOフィルムズが製作)。インタビュー映像からも、俳優やスタッフが現場で様々なアイデアを持ち寄って作り上げた事が窺われますが、最後の所だけはちょっとした特殊効果を使用していて、ここは全編で唯一、自主映画っぽく見えない場面かもしれません。

 カンヌ映画祭で、パルムドールにノミネート。

* スタッフ

 脚本や編集をサント自身が担当していますが、シナリオはたった35ページの、主人公が家の周辺でする事を箇条書きにしただけのものだったそうです。それでも20ページしかなかった『エレファント』に較べれば若干脚本らしい体裁になっていたとの事で、HBO側も『エレファント』の成功のおかげでこの箇条書きスタイルには慣れていたそう。

 撮影は、三部作をサントと共に手掛けるハリス・サヴィデスを中心に、最小限の人数(メイキング映像を見る限りでは10人前後の感じ)で行われ、俳優やクルーが一流である以外は、実質的にほとんど自主映画といってもいいように思います。

 音楽も、外から加えた劇伴は一切なく、主人公が演奏している音楽かライヴの場面で現地に流れている曲のみ、という構成。音楽コンサルタントのサーストン・ムーアは、劇中に出演しているキム・ゴードンの夫で、共にソニック・ユースを結成したメンバー。ちなみに、ゴードンはレコード会社の重役を演じていて、ノイジーな前衛バンドのメンバーが地味な服装で物静かな演技をするというのも、逆説的で面白い発想です。

 ソニック・ユースはコバーンの大きな精神的支柱だったと言われているだけに、その中心的メンバー二人の参加は、フィクションであるこの映画に不思議な視点と真実味を与えています。ムーアは演奏される曲の事だけでなく、機材やバンドなど、撮影に関わるあらゆる側面で音楽コンサルタントの役割を担ったそうです。本作は映像の動きやセリフが少ない分、音響の重要度が高い映画ですが、ここでも音響デザイナー、レスリー・シャッツが見事な仕事をしています。

* キャスト

 主人公ブレイクを演じるのはマイケル・ピット。彼自身、パゴダというバンドで音楽活動もしていて、イタリアの名匠ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ドリーマーズ』に出演した際には、彼らの演奏もサントラに使用されました。終始ぶつぶつと明瞭に聴き取れぬ独り言を発し、動作や演奏だけで自分が置かれている状況を表現するパントマイム的な芝居は見ものです。

 ブレイクの屋敷に居候している若者を演じているのは、かつて『刑事ジョン・ブック/目撃者』で名子役として名を馳せたルーカス・ハースや、ダリオ・アルジェント監督の娘で近年は作家や監督としても活躍しているアーシア・アルジェント(彼女の監督作『サラ、いつわりの祈り』にはマイケル・ピットも出演しています)、サントの古い友人で『マイ・プライベート・アイダホ』等にも出演しているスコット・グリーン。彼らの主演場面は決して多くはありませんが、ブレイクとの距離感や彼に対する無関心さを、リアリスティックな演技で体現しています。

 又、サントが製作した『KIDS/キッズ』の脚本や、『ガンモ』の監督として注目を浴びたハーモニー・コリンが、クラブで話しかけてくる男の役で出演。99年秋、サントは初のデジタル作品として、コリンの脚本三部作『Jokes』の第1部となる短篇『Eraser』を監督していますが、それを共同製作しているのも本作同様ダニー・ウルフです。電話の声では、サント自身や『マラノーチェ』のプロデューサーだったクリス・モンルックスも出演。

 

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