ポートランド出身の作家ブレイク・ネルソンの原作を、現地ロケで製作した作品。少年犯罪を描いている点では『誘う女』『エレファント』と似た題材ですが、アプローチはそれぞれ全く違っていて、本作は実話を元にしない完全フィクションだし、語り口の実験性も影を潜めた印象です。手紙形式で出来事が順番に語られる原作を、物語とセリフは踏襲しながらバラバラに解体し、時間軸が複雑に前後する各場面を、主人公のモノローグで繋いでいます。 サントがナレーションや音楽を多用するのは久しぶりで、実験的要素の強かった過去三作品と較べると、一見取っ付きやすい映画にも見えますが、その実は一筋縄ではいきません。オープニング・の早回し、長回しによる遠景ショットはサント作品のトレードマークとしても、映像表現は、対立するスタイルを編集で直接繋いで差異を際立たせるというもので、ワイドの遠景から極端なクローズ・アップ、早回しからスロー・モーション、35ミリから手持ちキャメラのスーパー8と、恐らくは意図的に繋いでいます。草原をゆく主人公を長回しで負うショットも、過去三作を想起させる表現。 音楽も、フォーク、パンク、ロック、ヒップホップ、クラシックと、雑多なジャンルを取り込んでいる上、ほとんど画面と合っていないような、かなりズレたセンスで選曲。特に違和感が強いのはニーノ・ロータ作曲によるフェリーニ映画のサントラ(『魂のジュリエッタ』『アマルコルド』)を全編に使っている事で、オリジナルの情緒とムードを濃厚に反映した音楽が、現代的な映像との激しい齟齬を生んでいます。 もっとも、この点に関してサントの意図は違っているようで、むしろ、「出所があまりにはっきりしすぎていて使うのが恐かったが、どうしてもロータしか合わない箇所があった」との事。サントとしては、ロータの音楽も映像とマッチしているという認識のようです。 ここでもサントは、演技経験のない若者をキャストの主軸に据えていますが、『エレファント』と違ってセリフやナレーションをドラマ構築に用いているので、必然的に演技を観る映画となっています。その点、プロの俳優ではない主役のネヴァンスは、内面の葛藤をうまく表現していると言えるでしょう。事件の描写は、偶然の事故という性質ゆえか、『エレファント』や『ミルク』ほどの恐怖や切迫感はない一方、直接的な描写が淡々と提示されるがゆえ、よりショッキングとも言えます。 自分が犯人だという重要な事実を、誰にも告白する事ができずに内に抱え、逡巡しながら日常生活を送る主人公ですが、悩みがあったら手紙にして書いてみればいいという、クラスメイトの女子の言葉に従って書かれた手記が、本作のナレーションという体裁です。ラスト、手紙を火にくべる主人公の姿が、どことなく安堵の表情にも見え、音楽も映像との齟齬から復帰してエンディングらしい落ち着きを取り戻す所をみると、それが本作の落とし所という事なのでしょう。彼は結局、罪を償ってはいない訳ですが、そこは物事を肯定も否定もしない(少なくとも断罪はしない)、サント作品らしさと言えなくもありません。 カンヌ映画祭で、パルムドールにノミネート。 |