同性愛者として初めて公職に就いた実在の人物ハーヴィー・ミルクが、志半ばで凶弾に倒れるまでの最後の8年間を描いた大作。上映時間128分という、サント作品には珍しい長尺の映画ですが、ゲイである事をカミングアウトしている彼としては、このミルクという人物、いつか絶対に撮らなくてはならないヒーローだったのかもしれません。 分割画面や写真コラージュ風のストップモーション、ニュース画像風の粒子の粗い映像処理、役者のアドリブを自然に捉えたドキュメンタリー風の撮影など、サントらしい自由な手法は随所に取り入れているものの、全体としては実話物らしく、叙情より叙事に傾いた作りになっています。そしてそういう作品では、監督の個性の表出というのは控えめにならざる得ないものです。 要するに、俳優の演技や美しい風景を即興的にキャメラで切り取ったような、自由闊達なサントのスタイルからすると、本作のしっかりと構築された作劇はむしろ異例である訳ですが、ここは逆に、叙事詩映画にサントらしい味付けを加えたものと見るべきなのかもしれません。唯一、仲間に戻ってきたスミスとミルクの姿や暗殺に向かうホワイトを、背後から長回しで追う移動撮影に、ここ数年の作品でサントが追求してきた手法が応用されている点は見逃せません。 若者が書いた脚本を多く映像化してきたサントらしく、本作のシナリオもダスティン・ランス・ブラックという若いライターが執筆。ブラックは、生存している関係者から協力を得た貴重な資料を元に、緻密かつ繊細に史実を再構成する一方、ミルクがオペラハウスで鑑賞しているプッチーニの歌劇《トスカ》の各場面を随所に挿入し、悲劇を暗示(暗殺場面の直前にも、窓から見えるオペラハウスの姿が映ります)するなど、ドラマティックな手腕も冴えています。 大勢のエキストラを使った大規模なシーンもサント作品では珍しいですが、どの場面も生き生きとした活力、真情の込められた深い省察に満ちており、無理にサントらしい前衛性を求めなければ、史実映画として十二分に見応えのある作品です。役者達の入魂の芝居も素晴らしいもの。本作はアカデミー賞で8部門にノミネートされ、主演のショーン・ペンと脚本のブラックが受賞しました。 |