追憶の森

The Sea of Trees

2015年、アメリカ (111分)

 監督:ガス・ヴァン・サント

 製作:クリス・スパーリング、ケン・カオ

    ギル・ネッター、ケヴィン・ハロラン

    F・ゲイリー・グレイ、E・ブライアン・ドビンズ

    アレン・フィッシャー

 共同製作:ピエトロ・スカリア、タミ・ゴールドマン

      サチ・ワタナベ、トレイシー・マクグラス

      トーマス・パトリック・スミス

 脚本:クリス・スパーリング

 撮影監督:キャスパー・タクセン

 プロダクション・デザイナー:アレックス・ディジェルランド

 衣装デザイナー:ダニー・グリッカー

 音楽:メイソン・ベイツ

 編集:ピエトロ・スカリア

 出演:マシュー・マコノヒー  渡辺謙

    ナオミ・ワッツ  ジェームズ・サイトウ

    ケイティ・アセルトン  ジョーダン・ガヴァリス

    ブルース・ノリス  アンナ・フリードマン

    リチャード・レヴィン  アイ・ヨシハラ

    イクマ・アンドウ  玄理

* ストーリー 

 死に場所を求め、アメリカから日本にやって来たアーサー・ブレナン。富士山の麓に広がる青木ヶ原樹海に分け入り、睡眠薬で自殺を図ろうとしていた彼の前に、憔悴した日本人男性が現われる。助けを求める彼を放っておけず、一緒に出口を探すアーサーだが、一向に出口が見つからず、森の中をさまよい歩く事になる。やがてナカムラ・タクミと名乗るこの男性に、アーサーは自分がここへやって来た理由を語り始める。

 コメント  *ネタバレ注意!

 日本では有名な、富士山麓の樹海を舞台にした、ミステリアス・ドラマ。胸を引き裂くように悲しいけれど、同時にとても暖かい話で、サント作品としては久々の感動作となりました。日本にやってきた主人公が樹海へ入ってゆき、逆に森から出ようとしている日本人と出会うお話。そこへフラッシュバックで、なぜ主人公がここへやってきたのかを回想形式で挟んでゆく構成です。大自然からの脱出というプロットは、サント作品としては『ジェリー』を想起させるものですが、本作はずっとドラマティックで、伏線や起承転結のある脚本になっています。

 最後に辿り着く真実に関しては、あちこちにヒントが散りばめてあるので、勘の良い人ならすぐに類推できるかもしれません。『シックス・センス』などもそうですが、優れた映画はオチが全てではなく、何度観ても味わい深い作品になっているものです。本作もそうで、展開が分かっていても演出や芝居の妙を堪能できる、素敵な映画だと言えるでしょう。特に、思わず感情が溢れる場面や、真相を知った時に何とも言えない微笑みを垣間見せる、マシュー・マコノヒーの滋味豊かな芝居は絶品。

 前衛的な手法こそ封印していますが、淡々とした語り口や、『永遠の僕たち』辺りから顕著になってきた、オーガニックの無添加食品みたいに純度の高い、洗練されたスタイルはサント作品らしい所です。前作『プロミスト・ランド』に続いて北欧の若手シネマトグラファーを起用し、クリアに澄み切った映像センスを生かしているのも好感触。

 唯一、交通事故の場面だけは、映画を盛り上げるためにひと捻り加えた感じで、作為的な不自然さがあって全体のトーンにそぐわないし、素材に対するサントの平素の姿勢を鑑みても、違和感を拭えないのが残念です。それ以外は、「言葉が生きている」素晴らしい脚本で、ダイアローグが生きているからキャラクターに血が通ってくるし、人物の背景も透けて見えるという優れたお手本です。

 樹海の場面と回想シーンが頻繁に交替する編集ながら、微妙な緊張感を保って継続する音楽が、各シーンを統一したトーンで連結していて、全体を大きな流れで一気に観せてしまいます。日本を舞台にしているせいか、『シックス・センス』と同様、東洋的な死生観を根底に置いた作劇ですが、今の時代、宗教や国籍を越えて、こういう考え方は喪失感に打ちひしがれる人々の背中をそっと押す事になるのかもしれません。その意味で、主人公の職業を科学者に設定しているのは、偶然ではないだろうと思います。

 カンヌ国際映画祭パルムドールにノミネート。

* スタッフ

 過去のサント作品とテイストが違うように感じられるのは、製作陣が一新されているせいもあるかもしれません。製作も兼任している脚本のクリス・スパーリングは『LIMIT[リミット]』で成功したライターで、まだ作品数は少ないですが、本作と『ATM』の何と2本もハリウッドのブラック・リスト(業界で大きく注目されていながらまだ製作に至っていない脚本のリスト)に入っていたというほどの才人。

 撮影のキャスパー・タクセンは、まだ『人生はビギナーズ』くらいしか知られていなかった北欧デンマーク出身の新鋭。プロダクション・デザイナーもまだ経験の浅い新進で、そういう若い人材の登用もサントらしいですが、今回は『プロミスト・ランド』と違い、衣装デザインのダニー・グリッカーや、編集のピエトロ・スカリア(製作にも参加)など、何度も組んで気心の知れたベテランも組み込んでいます。

 音楽のメイソン・ベイツは、映画界では知られていないですが、クラシック音楽界では一流指揮者やオーケストラにしばしば作品が取り上げられている実力派。シーンの繋ぎ目を越えて流れ続ける息の長い音楽構成は、細切れに音を付ける映画音楽のコンポーザーと違う発想に立った作曲手法と言えるでしょう。オーケストレーションや和声法も、クラシック畑の人だけあって複雑で緻密。

* キャスト  *ネタバレ注意!

 キャストは全て、サント作品初出演の人ばかり。主演のマシュー・マコノヒーは一時期キャリアが混迷したようにも見えましたが、『ダラス・バイヤーズクラブ』でオスカーを受賞して以降、完全に復活した感があります。抑制が効いた本作の演技は、彼が最初に注目されはじめた頃の、説得力の強い語り口と落ち着いた佇まいを彷彿させ、そのセンスが衰えていないのが嬉しい所。相手役の二人、ジョーンとタクミとのアンサンブルも見事です。

 渡辺謙が演じるタクミは、過去に出演したハリウッド作品のような威厳に満ちたキャラクターとは違いますが、外国の映画でも芸の幅を披露できたのは、彼にとってプラスだったかもしれません。奇しくも、『永遠の僕たち』で加瀬亮が演じた役と、似た役割が与えられているのは面白い所。持ち前の献身的な性格を現場で披露し、神社の鳥居の文字や、立て看板も彼が書いている他、劇中で重要な伏線となる、映画『巴里のアメリカ人』の鼻歌も、自分で翻訳して歌っています。

 『21グラム』『マルホランド・ドライブ』のナオミ・ワッツは、繊細なニュアンスでアルコール依存症の妻を熱演。全体の分量から言えばさほど出演シーンは多くないのでしょうが、複雑な内面を持つ難しい役で、その存在感が作品の要となっています。彼女の場面があるからこそ、樹海でのやり取りが生きてくる訳ですね。準備期間が少なかったため、ワッツはマコノヒーから来た電子メールに「妻ジョーンとして返信していい?」と提案。撮影開始前に、二人は劇中の夫婦としてメールで関係を構築したそうです。その成果の素晴らしさは、画面で観る通りですね。

 タカハシ医師役のジェームズ・サイトウは、この前年にティム・バートン監督『ビッグ・アイズ』で判事を演じていた人。古くは『ミュータント・タートルズ』や『トーマス・クラウン・アフェアー』にも出演しています。又、TV番組『王様のブランチ』のレポーターだった玄理(ヒョンリ)が、フライト・アテンダントの役で一瞬だけ出ています。

 

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