ドント・ウォーリー

Don't Worry, He Won't Get Far on Foot

2018年、アメリカ (115分)

 監督:ガス・ヴァン・サント

 製作総指揮:ブレット・J・クランフォード

 製作:シャルル=マリー・アンソニオーズ

    モーラ・ベルケダール、スティーヴ・ゴリン

    ニコラ・レルミット

 共同製作:スコット・ロバートソン

 脚本:ガス・ヴァン・サント

(原作:ジョン・キャラハン

 ストーリー:ガス・ヴァン・サント、ジャック・ギブソン

       ウィリアム・アンドリュー・イートマン)

 撮影監督:クリストファー・ブローヴェルト

 プロダクション・デザイナー:ジャミン・アッサ

 衣装デザイナー:ダニー・グリッカー

 音楽:ダニー・エルフマン

 編集:ガス・ヴァン・サント、デヴィッド・マークス

 スチール撮影:スコット・パトリッック・グリーン

 音響デザイナー、リレコーディング・ミキサー:レスリーシャッツ

 出演:ホアキン・フェニックス  ジョナ・ヒル

    ルーニー・マーラ  ジャック・ブラック

    ベス・ディット  ロニー・アドリアン

    トニー・グリーンハンド  ウド・キアー

    キャリー・ブラウンシュタイン  キム・ゴードン

    マーク・ウェバー

* ストーリー

 酒に溺れ、それが原因の自動車事故で車椅子生活を余儀なくされたジョン・キャラハン。自暴自棄となり、ますます荒んだ日々を送る彼は、禁酒のグループ・セラピーを主催するドニーや、セラピストのアヌーと出会い、自らの人生を取り戻していく。

* コメント

 サントの故郷ポートランドに実在した車椅子の風刺漫画家、ジョン・キャラハンの自伝を映画化。キャラハンは既に故人でしたが、サントは生前の彼と親交がありました。同じく故人になってしまった俳優のロビン・ウィリアムズは『グッド・ウィル・ハンティング』に出演した97年に原作の映画化権を取得。サントと企画を進めていましたが、脚本執筆やスケジュールの問題で頓挫していたものです。

 ウィリアムズ主演で企画していた時は原作よりも突飛な描写が多かったそうですが、彼の死後に書かれた脚本では、キャラハンがアルコール中毒から立ち直ってゆく過程がドラマの中心となりました。映画は、彼が講演会と禁酒セラピーで語るモノローグを枠組みとし、そこへ回想シーンを時間軸もバラバラにコラージュしていく構成。

 サント作品では『カウガール・ブルース』や『誘う女』の系譜に連なる、短いカットを編集でスピーディに繋いでゆくスタイルで、手持ち撮影やカットバック、キャラハンのイラストに基づく動画、分割画面(しかも境界線が左右、上下に移動!)を挿入したり、多彩な手法を展開。それでも全体に静的でリリカルな印象を残すのが初期作品とは異なる点で、内容はむしろ、『グッド・ウィル・ハンティング』や『永遠の僕たち』等の、傷ついた心の再生をナイーヴな感性で描くタイプの系列です。

 大袈裟な描写は全然なくて、終始物静かなタッチの優しい語り口ですが、さりげないけれど心に沁み入る場面が幾つも散りばめられていて珠玉の仕上がり。群像劇の側面もあり、周辺人物が魅力的に描かれるのは下手をすれば印象が散漫になってもおかしくない所ですが、それが上手くまとまっているのは、ストーリーの中心に「許す(赦す)こと」という、キリスト教的でも普遍的でもある強いテーマが据えてあるからでしょう。

 他人を許し、自分をも許すこと。その行為に一体どれだけの勇気が必要か、そして勇気を振り絞ってその壁を越える事によって、どれほど周囲も自分も救われるか、ということ。シンプルだけど、とても力強いそのメッセージを、サントは禁酒セラピーのステップという形を借りながら、誰にでも理解できる自然体の飾らない言葉、それでいて胸に深く沁みる言葉の数々で、丁寧に、辛抱強く訴えかけてきます。

 主人公が自暴自棄になって荒れる場面を最小限に抑える一方、彼がずっと胸に抱えて生きてきた孤独感を痛切に表出している点は、この映画の肝と言えるでしょう。観念的な映画ではありますが、決して難解ではありません。こういう大切なことを、回りくどくなく、真摯に、率直に教えてくれる映画は稀少です。ガス・ヴァン・サントのフィルモグラフィーを改めて眺めるにつけ、この人は本当に、世界にとってかけがえのないアーティストだという気がしてなりません。

* スタッフ

 製作はスパイク・ジョーンズやミシェル・ゴンドリー作品など個性的な映画の数々を手掛けるスティーヴ・ゴリンと、ハーモニー・コリン作品やMV等を製作しているアイコノクラスト社の面々。さらに、アマゾン社の映画製作部門が関わっている点も時代を感じさせます。脚本は『エレファント』からの実験的な3部作以来久々となる、サント自身による執筆。

 撮影監督のクリストファー・ブローヴェルトは、サント作品を多く手掛けた故ハリス・サヴィデスの元でキャメラ・オペレーターを務めてきた人で、撮影監督としてはサント作品初参加。他にソフィア・コッポラ監督作『ブリングリング』や、本作の出演者ジョナ・ヒルの初監督作『Mid90s』を手掛けるなど、若い世代らしい活躍ぶりが目立ちます。

 本作ではサントのコンセプトとして、50、60年代のカナダで流行し、アメリカのドキュメンタリー作家D・A・ペネベイカー、メイスルズ兄弟、フレデリック・ワイズマンらも使ったダイレクト・シネマの手法を取り入れ、スーパー16mmズームレンズを装備したAlexaキャメラでデジタル撮影。事前にキャメラワークを決めず、車椅子の周囲をMoVIで撮影したり、ハンディを使ったり、三脚を使ったりと、リハーサルを見て現場でオープンに決めてゆくのもサントのスタイルです。

 プロダクション・デザイナーのジャミン・アッサは、世界の著名なCM監督たちと組んできた人で、映画界では前述のジョナ・ヒル初監督作『Mid90s』で、なぜかナレーションに挑戦しています。衣装のダニー・グリッカー、音楽のダニー・エルフマンはサント組。前半の、ビッグバンド・ジャズを現代的にしたような曲調は印象的ですが、後半は近年のエルフマンの作風に多い、環境音楽っぽいスタイルに変わっていきます。個人的には、全編を生バンドのジャズで通した方が面白かったと思うのですが。

 編集はサント自身が担当し、音響デザインとリレコーディング・ミキサーにサント作品常連のレスリーシャッツ、スチール撮影にこれもサントの古い友人でお馴染みスコット・パトリッック・グリーンが起用されています。又、エンド・クレジットに流れるギター弾き語り曲“Texas When You Go”の作者、歌手はミュージシャンでもあったジョン・キャラハン自身で、その優しく繊細な歌声は、本作の背景にある精神を体現しているかのよう。

* キャスト

 主演のホアキン・フェニックスは、10代で出演した『誘う女』以来のサント作品。彼は伝記映画が嫌いで、エージェントにも伝記物のオファーは断るように言っていたそうですが、本作は「ガスが直接ジョンを知っている事からステレオタイプの伝記映画になるとは思えなかった」のと、「キャラハンの自伝が原作になっていて、彼の家族からも絶大な協力を得ている」ことで、「とてもパーソナルな映画になると確信した」と語っています。

 彼はキャラハンについて可能な限りのリサーチをし、監督と脚本1ページごとに議論を交わし、物まねではなく彼自身のキャラハン像を作り出すために献身的に取り組みました。短気だったと伝えられる人物なので、時に声を荒げる場面もありますが、相手の反応を見てすぐに態度を改める姿からは、彼が心の中に公正さと善良さを隠し持っている人物である事が伝わってきます。フェニックスが基本的に抑制の効いた、スタティックな芝居を基調にしているのは、本質を衝いた表現と言えるでしょう。

 彼を支えるセラピスト、アヌーを演じるのはルーニー・マーラ。ルックスのエレガントな美しさのみならず、演技全体に漂う柔らかな優しさは圧倒的で、とても『ドラゴン・タトゥーの女』と同じ人とは思えないほど。清濁合わせのんで全てを包み込むような彼女の笑顔は、主人公のみならず観客の心をも癒してしまうほどで、正に本作のテーマである「許し」をそのまま体現したものと言えるでしょう。

 キャラハンが実際にアヌーに合ったのは病院だけで、書店で再会して恋人になってゆく映画の中のアヌーは、キャラハンが後に付き合った航空会社のガールフレンドなど、数名をミックスした人物像だそうです。このキャラクターにどこか非現実性な雰囲気が伴い、主人公だけに見える幻覚のようにも思えてくるのは、それが原因かもしれません。又、サブ・キャラとして重要な男性2人には、主にコメディ映画で活躍してきた俳優をキャスティングしていて、彼らの真剣な演技も感動を呼びます。

 まず禁酒セラピーの主催者で、キャラハンの人生を導く師となるドニーに、『マネー・ボール』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のジョナ・ヒル。彼も終始ほとんど小声で抑えた演技をしていますが、パンツ一丁で踊る場面などにコメディ・センスも発揮。キャラハンとの最後の場面は殊に素晴らしく、ヒルは「ドニーを演じていた時ほど、僕の人生で幸せな時はなかった。ドニーとジョンにとって最後のシーンを撮影した帰りの車中、これまでの撮影の中で最高の経験だったと感じたんだ」と回想しています。

 そして、キャラハンの人生を狂わせる交通事故を起こす悪友デクスターを演じるのが、『スクール・オブ・ロック』『キング・コング』のジャック・ブラック。実はキャラハンがデクスターに再会しに行く場面は、ブラックの演技に触発されたサントが急遽追加したものです。音楽のみで処理するかどうかも決まっていなかったので、セリフは全て2人のアドリブですが、映画にはそのまま使用されました。デクスターも長年苦しんできた事が分かる、静かなのにエモーショナルな情感が渦巻く素晴らしい場面です。

 禁酒セラピーの場面には、『マイ・プライベート・アイダホ』『カウガール・ブルース』でアクの強い役柄を演じたウド・キアー、ソニック・ユースの創設メンバーで、『ラストデイズ』のレコード会社重役を演じたキム・ゴードンも出ています。

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