主演のホアキン・フェニックスは、10代で出演した『誘う女』以来のサント作品。彼は伝記映画が嫌いで、エージェントにも伝記物のオファーは断るように言っていたそうですが、本作は「ガスが直接ジョンを知っている事からステレオタイプの伝記映画になるとは思えなかった」のと、「キャラハンの自伝が原作になっていて、彼の家族からも絶大な協力を得ている」ことで、「とてもパーソナルな映画になると確信した」と語っています。 彼はキャラハンについて可能な限りのリサーチをし、監督と脚本1ページごとに議論を交わし、物まねではなく彼自身のキャラハン像を作り出すために献身的に取り組みました。短気だったと伝えられる人物なので、時に声を荒げる場面もありますが、相手の反応を見てすぐに態度を改める姿からは、彼が心の中に公正さと善良さを隠し持っている人物である事が伝わってきます。フェニックスが基本的に抑制の効いた、スタティックな芝居を基調にしているのは、本質を衝いた表現と言えるでしょう。 彼を支えるセラピスト、アヌーを演じるのはルーニー・マーラ。ルックスのエレガントな美しさのみならず、演技全体に漂う柔らかな優しさは圧倒的で、とても『ドラゴン・タトゥーの女』と同じ人とは思えないほど。清濁合わせのんで全てを包み込むような彼女の笑顔は、主人公のみならず観客の心をも癒してしまうほどで、正に本作のテーマである「許し」をそのまま体現したものと言えるでしょう。 キャラハンが実際にアヌーに合ったのは病院だけで、書店で再会して恋人になってゆく映画の中のアヌーは、キャラハンが後に付き合った航空会社のガールフレンドなど、数名をミックスした人物像だそうです。このキャラクターにどこか非現実性な雰囲気が伴い、主人公だけに見える幻覚のようにも思えてくるのは、それが原因かもしれません。又、サブ・キャラとして重要な男性2人には、主にコメディ映画で活躍してきた俳優をキャスティングしていて、彼らの真剣な演技も感動を呼びます。 まず禁酒セラピーの主催者で、キャラハンの人生を導く師となるドニーに、『マネー・ボール』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のジョナ・ヒル。彼も終始ほとんど小声で抑えた演技をしていますが、パンツ一丁で踊る場面などにコメディ・センスも発揮。キャラハンとの最後の場面は殊に素晴らしく、ヒルは「ドニーを演じていた時ほど、僕の人生で幸せな時はなかった。ドニーとジョンにとって最後のシーンを撮影した帰りの車中、これまでの撮影の中で最高の経験だったと感じたんだ」と回想しています。 そして、キャラハンの人生を狂わせる交通事故を起こす悪友デクスターを演じるのが、『スクール・オブ・ロック』『キング・コング』のジャック・ブラック。実はキャラハンがデクスターに再会しに行く場面は、ブラックの演技に触発されたサントが急遽追加したものです。音楽のみで処理するかどうかも決まっていなかったので、セリフは全て2人のアドリブですが、映画にはそのまま使用されました。デクスターも長年苦しんできた事が分かる、静かなのにエモーショナルな情感が渦巻く素晴らしい場面です。 禁酒セラピーの場面には、『マイ・プライベート・アイダホ』『カウガール・ブルース』でアクの強い役柄を演じたウド・キアー、ソニック・ユースの創設メンバーで、『ラストデイズ』のレコード会社重役を演じたキム・ゴードンも出ています。 |