激突!

Duel

1971年、アメリカ (73分)

1973年、ヨーロッパ劇場版公開 (88分)

1983年、アメリカ劇場版公開 (90分)

         

 監督:スティーヴン・スピルバーグ

 製作:ジョージ・エクスタイン

 脚本:リチャード・マシソン

 撮影監督 : ジャック・A・マルタ

 美術監督:ロバート・S・スミス

 編集:フランク・モリス

 音楽:ビリー・ゴールデンバーグ

 出演:デニス・ウィーヴァー

* ストーリー 

 平凡なセールスマン、デヴィッド・マンは、知人のもとへ車を走らせていた。道中、ハイウェイで前方を走るタンクローリーを追い抜くが、その直後、トラックはデヴィッドに迫り、また前方をふさぐ。デヴィッドは再び抜き返し、その距離を広げてガソリン・スタンドへ入るが、次第に姿の見えぬトラック運転手の悪意がエスカレートしてくる。幾度となく命の危険にさらされる内、車が故障して窮地に立たされたデヴィッドは…。

* コメント    *ネタバレ注意!

 最近の映画ファンはご存知かどうか分かりませんが、80年代ではスピルバーグというと、『ジョーズ』『未知との遭遇』『レイダース』『E.T.』、そして『激突!』のスピルバーグというくらい、本作のイメージが強くありました。後に『ヒッチャー』など亜流もたくさん作られましたが、今観ても迫力のある映画で、ヒッチコックの衣鉢を継ぎながらモダンな感性を加えた意欲的な映画という印象は変わりません。ファーストシーン、車庫を出て住宅地を抜け、街を通って砂漠のハイウェイに入ってゆく車視点の一人称映像を見ただけでも、何やら非凡な映画になりそうな雰囲気が漂います。

 トラックが主人公を執拗に追いつめるという極めてシンプルなプロット、運転手の顔を映さない事で不気味な匿名性を帯びる謎のトラックの描写、最初はちょっとした嫌がらせに思えたトラックの行動が、次第に殺意を帯びるまでにエスカレートしてくる、不条理な恐怖。ヒッチコックの影響は確かにありますが、より現代的で斬新なサスペンス演出を多彩に繰り広げてゆく所、新人監督とは思えないほどの凄みを感じさせます。

 印象的なシーンはたくさんあります。例えば、ドライブ・インの駐車場に例のトラックが停まっていて、ブーツをヒントに犯人の目星を付けたものの、人違いでトラブルになってつまみ出されるシーン。ここは、ユーモアとサスペンスが相乗効果となって映画的興奮を煽るシーン造形が秀逸です。スピルバーグは、脚本でこの箇所を読んだ時に「ヒッチコックそのものだ!」と驚喜したそうで、撮影中も「安易にヒントを与えるな、疑念を晴らさせるな」というヒッチコックの声が耳元に聴こえたと述懐しています。この場面では、主人公のモノローグが見事なまでに心理的葛藤を盛り上げていますが、主演のウィーヴァーは先に録音しておいた自分のセリフを聴きながら演技したそうで、内面描写と演技が絶妙にシンクロしています。

 一方、電話ボックス内の主人公にトラックが突進してきたり、踏切で列車の通過を待っていたらトラックが背後から押してくるなど、スリラーの度合いを上げる恐ろしいシーンも盛り込み、観客を油断させません。前者の場面には毒グモやヘビの恐怖もミックスされていますが、これは『インディ・ジョーンズ』シリーズの先駆けと言えるでしょうか。立ち往生したスクール・バスに襲いかかるかと思えたトラックが彼らを助け、「早く逃げろ」と錯乱する主人公の方が異常者と思われてしまうアイロニーは、正にヒッチコック的状況。

 70年代初頭の映画ともなると、今や古臭く感じられる演出も多いものですが、この映画にはそれがあまりありません。スピルバーグの映像と編集のセンスは尖鋭で力強く、現代の観客にも充分アピールすると思います。一つには、音楽をあまり使わずにシーンを構築している事と、ジャンプ・カットや極端なクローズアップ、異常なアングルの映像などの多用も目立ちます。例えば、カーブの向こうから走ってきた主人公の車が急停車でスピンし、キャメラが急激なズームバックをすると画面上部にトラックの車体が現れるという場面。実はトラックの下から撮影していたという事実を観客に見せる事で、主人公がトラックの姿を見つけて急停車した事を伝えるという、誠に革新的な演出です。

 こういったトリッキーな手法はスピルバーグの得意とする所で、本作でも既に、トラックかと思ったら通過列車だったとか、犯人かと思ったらそうじゃなかったとか、善悪が逆転する前記のスクール・バスの場面とか、観客を煙に巻く騙しの演出が随所に見られます。又、主人公が妻と喧嘩中で、家庭がうまく行っていないようなのも、後年のスピルバーグ作品を彷彿させる設定。原題は“決闘”の意ですが、実際には主人公が一方的に追い回される映画で、事態が決闘の様相を帯びるのは最後の最後になってからです。

 さて、放映された本作はムービー・オブ・ザ・ウィークのシリーズ中、最高の視聴率を獲得。ユニヴァーサルは作品をABCから買い戻すという異例の挙に出ます。新たなシーンを追加撮影して編集し直しされた本作は欧州で劇場公開され、放送時間73分だった映画がヨーロッパ公開時に88分、その10年後のアメリカ公開時には90分のヴァージョンに変身。主人公がロスを出発するオープニング・シークエンス、スクール・バスの場面と踏切の襲撃場面、主人公が妻に電話するくだりはヨーロッパ公開時に追加されたものです。そして本作は73年、フランスのアヴォリアッツ・ファンタスティック映画祭でグランプリ、ローマのタオルミナ映画祭で監督賞を受賞。

 ローマでは、4人の評論家が怒って席を立つ一幕もあり。本作のテーマを「ブルーカラーがホワイトカラーに復讐する階級闘争」だとする彼らの見解に、スピルバーグが頑として同意しなかったためとされています。彼はここで、フェデリコ・フェリーニ監督に初めて会っています(その後も交流は続きます)が、さらにはアメリカから来ていたピーター・ボグダノヴィッチ監督とも会っていて、その場で大柄なスポーツマン風の若い助監督を紹介されています。これが後にスピルバーグの右腕として辣腕プロデューサーとなる、フランク・マーシャルでした。

* スタッフ

 原作と脚本を担当したリチャード・マシソンは、ホラーやサスペンスが好きな人にはお馴染みの作家。『縮みゆく人間』『地球最後の男』などのSF小説や、テレビ・シリーズ『トワイライト・ゾーン』のライターとしても有名です(スピルバーグは後に映画版『トワイライト・ゾーン』で再びマシソンと仕事をしています)。トラックの運転手が顔を出さないのはマシソンの脚本通りだそうですが、説明的すぎたという主人公のモノローグは、ヨーロッパ公開版で半分以上カットされています。

 企画は、スピルバーグの秘書が『プレイボーイ』誌に載ったマシソンの原作を見つけた事からスタート。マシソンは既に映画化を前提に脚本を書き始めており、スピルバーグは、権利を持っているユニヴァーサルに自ら交渉したそうです。驚くのは、撮影期間がたった13日という事。ラッシュを確認する時間すらなかったスピルバーグは、脚本上で起る出来事を書き込んだ道路図を用い、道路に5、6台のキャメラを配置して分割撮影するなど数々のアイデアを導入。後年に“早撮り監督”として名を馳せる彼の、面目躍如たる仕事ぶりを展開したようです。

 撮影や美術はテレビ界の人々かと思われますが、見応えの点では劇場映画と較べても遜色の無い仕事で驚かされます。タンクローリーは、数ある候補からスピルバーグ自身が選んだもので、一台だけダントツにレトロなデザインだったのを、その“顔”を見て一発で決めたそう。このトラックに、虫の死骸を貼付けるなど徹底した“汚し”を施し、バンパーに複数のナンバープレート(つまり戦利品)を貼って、いかに多くの犠牲車(?)を歯牙にかけてきた常習犯であるかをほのめかしています。

 『刑事コロンボ』に続いて起用されたビリー・ゴールデンバーグの音楽は、弦や管楽器を使わずアフリカの打楽器などをメインにした前衛的スタイル。彼は後年、スピルバーグ製作のテレビ・シリーズ『世にも不思議なアメージング・ストーリー』にも参加しています。一方、サウンド・エフェクトは大きな役割を担っており、車にまつわるありとあらゆる音がサスペンスを盛り上げる為に使用されています。最後の場面に恐竜の鳴き声がミックスされているのは有名ですが、スピルバーグは同じ音を、『ジョーズ』のクライマックスにも敢えて使用。音楽を使わず効果音だけで恐怖を煽る手法は、後年『ジュラシック・パーク』のT-レックス襲撃シーンにも踏襲されています。

 本作でスタント・コーディネーターを務めたケアリー・ロフティンは、40年代に活躍したお笑いコンビ、アボット&コステロの代役で危険なスタントを演じてきたベテランで、このコンビのファンだったスピルバーグは経歴を聞いて大喜びしたとの事。実は、最後まで腕や足しか映らないトラック運転手を演じているのも彼です。助監督のジェームズ・ファーゴは後のスピルバーグ作品にも続いて参加しますが、後にクリント・イーストウッドに抜擢されて『ダーティハリー3』『ダーティファイター』を監督。

* キャスト

 主演を務めたデニス・ウィーヴァーは、『ガンスモーク』や『警部マックロード』などテレビのアクション・スターとして知られていた人。スピルバーグは、オーソン・ウェルズ監督『黒い罠』の不安に満ちたイライラ演技を思い出して彼を起用したそうですが、本作では運転とスタントも全て自分でこなした上、走行中の車から飛び降り、転がってキャメラの手前で立ち上がるなど(ワンカットです!)、見事なアクションを披露。何と電話ボックスの危険なシーンも、スタントマンなしで撮影したそうです。残念ながらその後のスピルバーグ映画では顔を見ませんが、『ジュラシック・パーク』DVDの映像特典でナビゲーターとして久々に登場したのは、やはり本作の縁あってでしょうか。

 映画はほぼ全編に渡ってウィーヴァーの一人芝居で進行しますが、彩りを添える脇役達もなかなかに個性的です。面白いのは、スピルバーグが彼らを後の作品で引用みたくキャスティングしている事で、ガソリン・スタンドの老女を演じたルシール・ベンソンは『1941』で同じ役(ジョン・ベルーシに「ハイオク満タンで」と言われる彼女)に起用、車で通りかかる老夫婦も『未知との遭遇』で防護服を着てヘリに乗っています(監督自身の言葉によると、こういうのは「ノスタルジアかな」との事)。

 

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